第四十六話:『よいしょの豊子』

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 豊子婆さんは80歳。毎回、診察室に入るや否や賑やかです。

「まあ、せんせ。せんせのお陰で元気にさせてもろて。いつもいつもありがとうございます。アハハ、オホホ、ヒヒヒ、フフフ」

具合はどうかと訊ねるまえからこれです。そんなに元気そうでなくともこんな調子。

「せんせ、聴いてくれますう。隣のアイ子さんね、何やら具合が悪うなってね。今も待合いで死んだようになって寝とるねえ、アハハ、オホホ。大丈夫ですかねえ、ウフフ、ヘヘヘ。まあ、せんせにかかっとるんだからねえ、ヒヒヒッヒー」

いったい何が可笑しいのやら、なにが嬉しいのやら。ひとが苦しんどるのにねえ。どうも判らん、この婆さんだけは。

 ある日、そんな豊子婆さんが診察室に入ってくるなり、筍の顔を見詰めて涙をひとつ、ポロリ。

「ばあさん、どうした。何かあったんか」

「せんせ、胃癌って面会に行ったらあかんのか。うつるんか。なんや来たらあかん云われてなあ」

患者は誰なんだろう、何とか宥めて問いただすと、どうやら義理の弟のことらしい。誰に言われたのって訊くと、どうやら分家の嫁らしい。来たらあかんと云うものを無理に押し掛けて行っちゃあいかんだろうと答える筍。

「でも行かんかったら、あいつは礼儀知らずや、薄情やっていわれるで。いかんほうがええんやろか。わしゃあ、判らんで。せんせが云うとおりにするで」

あんたの気がすまんというなら、行くだけ行って、どうしても会いとうないと云われりゃ、そこで帰ってくればいいやないのかと筍。

 翌々週、また豊子婆さんがやってきました。

「まあ、せんせ。せんせのお陰でわたしゃ嬉してうれして。行ったんですよお、この前。そしたらよう来てくれたと云って、あの子が泣いて喜んでくれて。やっぱり、せんせの云うこときいといてよかったあ。お陰さまでねえ、オフフ、ウフフ、ムフフ」

 またその翌々週のこと、またしてもよいしょの豊子の登場です。

「せんせのおかげでねえ、イヒヒ。元気にさせてもろて、ウヒヒ。あの子、もうあかんらしんよ、キヒヒ。人間わからんもんやねえ。あんなに私のこと苛めておいてねえ。もうじきなんだと、ムヒヒ」

なんか嬉しそうな豊子です。

 またまたその翌々週のこと、うわさの豊子です。

診察室に入るなり、筍の元に走り寄り、わが肩に縋ってオンオン泣くのです。

「あの子が死んだんよ。仲が悪うて、私のこと苛めてばっかのあの子が。せんせにこの前相談したら、すぐに面会に行ってやれと云われたですよねえ。行っといて良かったんよお。もうガリガリに痩せて骨と筋だけになっとったんで、そうなごうはないと思ったんですけどねえ。人間、儚いもんだねえ、エホホ、ムフフ、クフフ」

いままで泣いとったのに、もういつもの不気味な笑い。

義理の弟、よく苛められた、折り合いが悪かった、なのになぜ泣く、なぜ笑う。

「生きとるうちに会っといて、ほんとよかったんよお。これもみんな、せんせのおかげですよお。せんせがおってくれてほんに大助かりですよお、グヒヒ、ブヒヒ。でもせんせ、帰ってきた嫁が苛めるんよお。わたしゃ平気だけどね、もうあの子が居てへんからね、ウヘヘ。でもねっ、せんせ、あの子、がん保険に入っとったんだとお。ようけ貰えるんやろねえ、ヒヒヒッヒー」

 豊子、恐るべし。感情失禁かなあ・・・。なんか、疲れるんだよね、イヒヒッヒー。

2 thoughts on “第四十六話:『よいしょの豊子』

  • せつない
    ただただせつなさを感じます。
    …何故でしょうか?
    何故わからないのでしょうか

    • 星降る村の下っ端さん
       組織に所属すればしたで、組織の為に血眼になって、ひとへの優しさを忘れかねないなんてことありませんか?人間て悲しいもんですね。切ないもんです。

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