第二百二十三話:『医者の往診なんて:その三 久志さん』

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久志さんは69歳、でっぷりと超えたおっさん。若い頃は結構な極道もんだったようです。そういえば顔貌には確かにその頃の面影が見て取れます。ちっと凄みがあります。元気な頃は、さぞや鳴らしたことでしょう。

 

でもさ、65歳を過ぎた頃、難病が久志さんを襲いました。気管と気管支軟骨が広範囲に炎症を起こす原因不明の難病でした。声門直下の気管から肺内気管支まで、糸のように細くなってしまいました。

 

痰も満足に出せず、空気さえも通りにくい有様。息を吸う度毎にゼイゼイ、ビュウビュウ、音がします。いつ窒息してしまうか、筍はとても心配です。どうしたものかと、ケアマネさんも悩んでいる。もし何かあったらどうしよう、ヘルパーさんもとても恐れています。

 

久志さんには友達がいません。家族もいません。ぼろぼろのアパート、平屋のトタン葺き、三戸一の端っこの部屋、1DK、その部屋の真ん中に、でんと置かれたベッド、それだけで部屋はいっぱい。ベッドの上でいつも独り、ぽつねんと座っています。

 

あるのは酸素供給機とテレビと粗末なタンス、夏は蒸し風呂のよう、冬は凍てつく野天のよう。唯一の慰めは四六時中つきっぱなしのテレビ。ベッドテーブルの上には、ヘルパーさんが作った食事がそれこそ山盛り。食欲だけはトドのように旺盛です。

 

いつ窒息してもおかしくありません。気管切開しても救命には繋がりません。糸のように狭い気管だから、吸引チューブなど入りゃしないのです。一度、中部地方随一の、気管拡張術の名手に診察を依頼してみましたが、答えは、「何とも手の打ちようがない」との返事でした。

 

今日もまた二週間ぶりの往診に出かけます。何もできない筍です。

 

 

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