第二百四十一話:『今朝もまた一人』

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今朝もまた一人、筍の大事な患者さんをお見送り致しました。九十五歳でした。食欲がなくなってほとんど何も満足に食べられない期間が約三週間続いておりました。筍は何もしませんでした。ただただ見守るしかできませんでした。でも最後は、眠るがごとき、静かな、平穏な、安らかなご最後でした。

ご家族も、「自宅で最期を迎えたい」との患者さんの希望を叶えてあげることができてよかったと、喜んでおられました。そこに涙はありませんでした。

現在の医療、特に病院の医療は、食べられないとなれば、やれ胃瘻だ、やれ点滴だと、患者を無理矢理にも生かそうとする医療が蔓延しております。その結果は、とても生きるべき意味ある時間を過ごすことはできません。ごくごく自然な経過で死なせてあげられるのが筍の理想です。消極的安楽死ともいうべき医療かもしれません。

「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」が厚労省より提示されております。

それによると、

1 医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ、それに基づいて患者が医療従事者と話し合いを行い、患者本人による決定を基本としたうえで、終末期医療を進めることが最も重要な原則である。

2 終末期医療における医療行為の開始・不開始、医療内容の変更、医療行為 の中止等は、多専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームによって、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきである。

まだまだ条件はいろいろと提示されておりますが、ともあれ多職種で検討して結論を出すとか、専門家からなる委員会を開催して結論を導くだとかが推奨されております。

筍にはなかなか納得できるものではありません。医師の裁量でより良い終末期を迎えることは、もはや無理なのでしょうか?

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