第百二話:『淑女ご来院』

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 筍診療所は今日も患者さんはまばら。ひねもす、のたり、のたりと、暇を託っております。ですが、そろそろ薄暗くなりかけた夕間暮れ、珍客、いや、賓客、それも淑女トリオがお揃いでのご来院。思わず笑みが溢れっちまう筍でした。

 聞けば診療所の裏の公園で遊んでいて、白魚のような無垢なその手の甲を怪我したと云います。白いハンカチで右の手の甲を押さえたうら若き乙女、清楚な美人さんです。他の二人はどうやら付き添い、お付きの侍女か。見れば押さえたハンカチは既にうっすらと血が滲んでおります。診療所開設以来、これが二例目の外科患者さんです。どうやら手の甲に何かがくっついたらしく、それを洗い落とそうと公園の水道でごしごしと擦り洗いしているうちに、以前の怪我の瘡蓋が剥がれてしまってのことのようです。すぐ前の診療所に確か外科も診るって書いてあったって、侍女のひとりが提案しての救急外来受診となったってな訳です。とりあえず行ってみようとなったようです。

 でもねえ、淑女には保険証は似合いません。そんなもの、持ってる訳が無い。筍診療所のおもて老いた看護師さんは、優しく件の淑女に諭します。

「保険証がないと自費になるのよ。それでは大変だからおうちにいって取っていらっしゃいな」

うら若き淑女は答えます。

「ここの診療所は外科って書いてあったから、バンドエイドだけ貰えればそれでいいの。放っといても治るから」

おもて老いた看護師さんが答えます。

「バンドエイドもただじゃないのよね。先生に診てもらうと初診料もかかるしね。おうちに戻って保険証を持ってきてくれると、看護婦さん助かるんだけどな」

うら若き淑女は引き下がりません。

「でもお金かかると母に怒られます。絆創膏か、バンドエイドだけでも貼ってくれませんか。それで治すからいいの」

 暇な筍が議論に加わります。

「バンドエイドでの治療は良くないねえ。瘡蓋ができるって余り褒められた治療じゃなんだよ。きちんと傷の保護剤を貼って治すと傷跡も残らずに治るからね。ちょっと見せてごらん」

見ると手の甲の丁度中央、直径2センチ程の浅い潰瘍局面があり、底部から滲むような出血が続いています。瘡蓋を無理に剥がした結果のようです。

「ちゃんと治してあげるから。お金の心配は君がしなくともいいんだよ。明日でもいいから、お母さんに云えばいいんじゃないの」

淑女曰く、

「駄目なんです。うち、お金余り無いんです。1,000円で治せませんか。千円なら私のお小遣いで出せますから」

淑女は必死です。筍曰く、

「そうか、お金が無いんか。じゃあ、まあいいよ、ただでやってあげるから。ちゃんと治してあげるから。でもさ、特別サービスだよ。君の友達にさ、あそこのクリニックはただで治してくれるって、余り言いふらさないでよね。始まったばかりですぐに潰れちゃあ、かっこつかんからね」

 流水でよく傷を洗い、その後、一枚千円以上もする高価な創傷保護剤を貼付し、サージカルフィルムでカバーをして出来上がり。

「三日後にいらっしゃい。張り替えるからね。お金の心配はしなくていいからね。きっとおいでよ。きっとだよ」

 うら若き淑女は嬉しそうに帰っていきました。親衛隊の二人に取り囲まれ乍らのご帰還です。三人顔を寄せて、何やらひそひそ話をしながら帰っていきます。おませ、おしゃまな、あの三人組は、いったいどんな話をしているのでしょう。果たして三日後にはやってくるでしょうかねえ。

 来ないのでしょうねえ、多分。ただと判っていれば来にくいよね、きっとさ。

 こんなじゃ、筍診療所は当分赤字続きですなあ。踏ん張りどころですかね。

 でもまあ、いっか。

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