第百六話:『あえぎ、喘ぎ、あきれ、呆れ その二』

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 待つ程も無く爺さん、やってきました。弟の次郎吉爺さんが付き添いです。

「夜分済みませんねえ。腹痛はもう治ったんですが、かゆうて、痒うて、とても朝まで待っとれんもんですから」

なんともう喘いではおりません。普通の呼吸です。晩酌の名残でしょうか。少し酒臭い息です。

「ヒイッ、ヒーイッ、ピイイーッ、ピイイッ」

今度は次郎吉爺さんの喘ぎです。次郎吉爺さんは重度の肺気腫、普段からまるで海女さんの磯笛のような息遣いをしております。慌てて診療所までやってきたので息苦しくなったのでしょう。こっちのほうがよっぽど重症です。

「せんせっ、こんな夜分に済まんのう、ハアッ、ピイッー、ハアーッ。兄貴はいつも大袈裟だで、ヒイッ、ヒッ、ヒイーッ。朝まで待っときゃ治るだろうにのう、困ったもんだで、フウッ、フッ、フーッ、この兄貴はよう、へエーッ、ヘッ、ヘエーッ」

おとうと爺さんは冷静です。でも喘ぎ喘ぎです。息も絶え絶えと云ったところ。兄貴として心配せんのじゃろか。

 太郎吉爺さんの身体中には確かに蕁麻疹が花盛りです。見るからに痒そうです。そこいらじゅう、引っ搔き傷でズタズタです。でもねえ、あれほど喘ぐようなことではなかろうにねえ。まあ、ご希望通り注射でもして差し上げましょう。いや、大した薬効など無いやつです。お尻に刺された針の痛み、これが効くんですなあ。ここいらの年寄りにはねえ。飲み薬も二日分だけ処方することにしました。いや、この薬は効く筈です。二日もあれば治るでしょう。爺さんの汚ねえ尻に筋注してやりました。

 するとどうですか、たちどころに効くんですな、これが。

「あーあっ、もう楽になってきた。せんせの薬はよう効くで。みんながそう云っとるもんなあ。ああ、これで死なんで済んだよう。おかげさんで」

そんなに早く効くわけない。そんな効き目を持った薬じゃないのにねえ。まあ、さっきの喘ぎから、今度は“よいしょ”です。やりますなあ、太郎吉爺さん。あんたが死ぬときゃ、どんなだろ。

 爺さん二人はあえぎ、喘ぎ、筍医者はあきれ、呆れ。

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