第百九話:『独り言のてっつぁん その壱』

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春風とともに、えろう久しぶりに、てっつぁんがやってきました。もう七十五歳にもなろうかする樵です。筍診療所の中でもとりわけ際立ったキャラの爺さんです。

「どうしたの、どっか具合いでも悪いんかい」 と筍が訊ねます。

「いやあ、せんせ。腹の具合がな、腹の調子が悪いんじゃが。一月に買うた納豆、喰うたらあかんとおっかあが云うとったけど、捨てるのもなんじゃと思うての、喰うたんじゃ。どうもそれからこっち、腹がにやにやしてな、どないもこないもしようがないんや」

いつもこんな調子です。とても常識では考えられんことして訪ねて来てくれる。

「一月の納豆?今年のか、去年のか」

「去年の納豆?儂かてそないに古いもん、よう喰わんで。今年のに決まっとるがな。無茶云うな、せんせは」

どっちが無茶やら。三ヶ月も前のと、一年前のとじゃ、大した違いはないじゃろに。

「旨かったの、それ。全く何を喰うんやら、あんたは。何でそんなもん喰うんや。腹が痛むってか、むかつきはどうじゃ、もどしたりしとりゃせんか、下痢はしとらんか。他に何か症状あるんか」

「血圧な、血圧がちいっとばかし高いんや。まあ、心配ないけどな。こうやって歩けるからな。そいから肩も痛むんや、肩がな。いや、木ぃ切るんは困らんのじゃ。なんぼでも切れるで。まあ、大丈夫とおもうけどな。大丈夫やろ、せんせ」

まあ、脈絡もなく、際限もなく、てっつぁんの話は続きます。

「腹はどうじゃと訊いとるんじゃ。何処が痛むんや、どんな痛みなんや」

「ここらあたしがな、ちっと痛むんじゃ。ここいらも痛いけどな、ここは腸かい、胃なんじゃろ、そりゃ胃癌かもしれんではよ診てもろうて来いっちゅうて、田吾の野郎がぬかすんじゃ。だいたいあいつはいっつも大袈裟なんじゃ。ひとのことや思うて喜んどるんじゃ」

「田吾がなに云うたかて関係ない。ともかく早いとこ、腹出して見せえ」

「腹触ってくれるんか、腹をな。やっぱ、せんせは丁寧じゃ。皆そう云うとるで」

誰も触りとうててっつぁんの腹など触るんじゃない、こう見えても医者の端くれじゃからの仕方なしに触るんじゃよ、などの心の裡で毒づきながら診察しました。

「胃酸過多の薬を一週間分出しとくから、今週は酒は止めておとなしゅうしとけ」

ですがてっつぁん、なかなか帰ろうとはしません。妙にだらだらと衣服をなおしております。何か言い足りないことがあるようです。

「せんせっ、血圧の薬は飲まんでもええんかい。さっき待合いで測ったら180と110あったわ。来て直ぐやからまだ測らんでもええというたんじゃが、皆が煩う云うもんだから。それから肩の痛み止めは打ってはくれんのか。肩の注射打ってもらってこいと云われてやって来たんじゃがのう。それから、腹は胃カメラせんでええのんか。薬だけで大丈夫なんか、ええってか、そうか、それならええんじゃ、解ったで」

筍は何にも答えとらんのに、独りで喋って、一人で応えとる。吉本へでも売り飛ばすかの、てっつぁん。

「先ずは胃の薬をきちんと飲んで、そいでも治らんときにゃ、胃カメラものますでの。血圧はこの一週間、家で起きたときに測ってみ。それ見てからじゃの、薬が要るかどうかは。肩のこたあそのあとんことじゃ」

「なかなか引っ張るのう。患者多いんはそいでかよ。流行っとるもんなあ、ここ」

「くだくだいうとらんと、次のひとが待っとるで早よ帰れ。ちゃんと酒だけは止めにゃあかんぞ」

「そりゃあ、もうせんせ、儂は云われたことだけはきちっと守る人間だで。何謂われても絶対にちゃんとやるでな。ほんとだよ、せんせ、儂を信じてくれよな」

「解った、判った、もう早よ帰れ」

 

勘弁してよ、てっつぁん。

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