第百十一話:『独り言のてっつぁん その参』

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待つ程もなく、写真が現像されてきました。てっつぁんを診察室に呼び込みました。

「せんせっ、バリウムちゅうもんは不味いもんやのう。もちっとましな味を付けといてくれりゃあ、いくらでも呑んだるんやけどのう。それと血圧な、血圧。ちゃんと言われた通りに測って来たで。ええでえ、最高やで。なんも悪うはないで。今日のがこれじゃ、ええやろ、154と94。いうことないわ。俺は高血圧なんかにゃなりゃせんで」

いつもの如く、また独りで喋り出しました。

「その血圧では高いがな。上が140まで、下は90までというたじゃろ。あんたは立派な高血圧じゃが」

「そうか、そうか、そういうもんか。俺は高血圧か。高血圧になっとるんとあかんのか。えっ、せんせっ、どうなる。高血圧になるとどうなるんじゃ。顔赤うなるんか」

ここらでよく見かける猿のような顔をして訊ねてきます。

 

「それとな、この前、貰っとった薬な、眠れん薬はまだ余っとるで。この前、薬が余っとるんなら、持って来いちゅうて、言ったやろ。ちゃんと持って来たで。これが眠れん薬。胃の薬はちゃんと呑んだで、もうないわ」

「あんた、この薬眠れん薬とちゃうで。胃潰瘍の薬やがな。全然飲んどらんがな。眠り薬はこっちの紫のやつ。胃薬はこの青いのやが。色が違うだろ、色が。粒の大きさも違うがな。潰瘍の薬だけは飲まにゃあかんのに」

「そうか、そうか、こっちが眠れん薬か。潰瘍の薬、わしゃ飲まんかったんや。そうか、それで腹が治らんかっただ。ここのはよう効く筈だが、あんまし効かんもんやからのう、変じゃとは思うとったんじゃ。そうか、それさえ飲んどきゃ、今頃はもう治っとったのに。儂は治るのは早いで。そうか、間違うとったんか、儂がな。それにしてもバリウムってのはどうも儂の口に合わん。臭いもなあ、あんなでもみんな美味い、旨いって、ようけ飲むんかい。儂はどうも苦手じゃのう」

「そうようけ呑まんでもええんじゃ。でもな、てっつぁん。胃にえらい大きな潰瘍ができとるで。調子悪いんはこのせいじゃなあ。あんた、酒は飲むんか」

「わしゃ、酒はやらん。一滴も呑まん」

珍しく端的な答えが帰って来ました。

「そうか、酒飲まんのか。へえ、見かけによらんなあ。じゃあ、食事の時間はどうなの。いつもばらばらの時間に喰うとるんじゃないの。決まった時間にきちん、きちんと食べとるんかい」

 すると、てっつぁん、何やら小さな声で呟いております。

「わしゃ、酒は飲まん、酒は滅多に呑まんのじゃ。普段は焼酎ばっかじゃあ、ビールもあんまし飲まん」

「えっ、今、何云うた。焼酎ってか。アルコールはみんな一緒じゃ。焼酎はどのくらい飲むんじゃ、コップにどのくらいなんじゃ、毎晩のことか」

「そんなにべろべろになるまでは、わしゃ呑まん。コップ二杯だけじゃ。生のまま呑むんじゃ」

「じゃあ、ようけ呑んどるんじゃがな。当分、酒も焼酎も、ビールもウイスキーも、ブランデーもワインも、ジンもウオッカモ、アルコールは何もかも禁止じゃ。絶対じゃぞ、さもないと胃に穴開くで」

「胃に穴開くんとどうなるんじゃ。やっぱ飯喰えんくなるんか」

「胃に穴があいたら、腹膜炎ちゅうてな、どえらい痛むんや。すぐに手術せんとな、死んじまうんやで」

「わかった、もう酒は呑まん、焼酎も飲まん。奈良漬けはあかんか、やっぱし、あれも酒だいぶ入っとるもんな。儂、奈良漬け好きなんやけどな。でも我慢せなあかんな、自分のことやもんな。奈良漬けをあてにしてな、焼酎飲むんは堪えられんけどな。梅干しはどうじゃ、梅干し。あれはええやろ、梅はかだらにええとみんな云うとる」

「ともかく、胃酸を抑える一番強い薬とな、胃の粘膜を守る薬を出すで、ちゃんと飲まにゃあかんで。食事もちゃんと時間を決めて、よう噛んでな、腹八分やで」

「そうか、一番強い胃薬な。よう効くやろな。俺は体力はあるで、薬さえ貰えば、もう治ったようなもんだで。そうか、せんせ、一番強いやつくれるんか。そうか、それなら治るな、きっと。そうか、そうか」

 そうか、そうか、じゃねえだろう。

 もう、頼むで、てっつぁん!

 薬、間違うなよ。

 ええか、てっつぁん!

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