第百七十七話:『話が北極・南極で・・・その壱』

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今は昔、みくまのの山奥に籠っていた時代のこと。

 

診療所も無事定刻に終わり、そろそろ夕餉の支度に取りかかろうとした午後七時過ぎのこと、電話がけたたましく響いた。

「はい、筍ですが」

「もしもし、お寛ぎのところ誠に相い済まんことですが、うちのかかあが晩飯食べたあと、“ほろし”(蕁麻疹のこと)がでたちゅうて痒がっとるんじゃが。こんくらいのことで救急車呼ぶんも大袈裟じゃと思うて。こんな時間からすまんこってすが、診てやってはもらえんですかのう」

 

救急車呼ぶんは大袈裟で、医者を呼ぶんは雑作もないことらしいねえ。

「ちっと待ってよ、あんた、いったい、どこの誰なんですか?」

「ああ、これはこれは申し訳ないことで。山井の後田格二郎ですわ。こんな時間に全く申し訳ないけんど、何とか診てやってはくれませんかのう」

「夕食後にほろしがでたんだね。判った、すぐにおいで」

 

待つこと暫し。ご夫妻お揃いでのご来店。

「どうぞ、お入り。ところで、どんな具合なの?」

「済みませんねえ、こんな夜分に。いえね、晩飯喰ってすぐ、かかあがかいかいいうもんですから」

「父ちゃんはだまとって、あっしがいうから。さんご(三日)ほどまえに裏の花ちゃんが秋刀魚の寿司作ったって云うて持ってくれたんで。花ちゃんは秋刀魚寿司作るんが全く上手でのし、酢の閉めぐあいもええで、とてもうめえと近所でも評判だで。花ちゃんは秋刀魚開くんがとてもはええし、美しいし」

「あのねえ、秋刀魚寿司の話じゃないんだよ。あんたの“ほろし”の話が訊きたいんだがね」

「いえね、もう長いこと出んかったんじゃ。鯖炊いても、鰯焼いても、秋刀魚の寿司でも、刺身でも、焼いたんでも、“ほろし”なんぞ出たこと無かったんじゃ。秋刀魚が悪いんではねえと思うだが」

「あのねえ、“ほろし”はいったいどんな具合かっちゅうて訊いてんの」

「あっ、あっ、済みませんねえ。お前もせんせ怒らせんよに、上手に説明せなあかんが」

 

隣からとっつぁんがおどおどしながら執り成します。

でも、おっかあは平然としたもんです。とっつぁん、いっつも苦労しとんじゃろなあ。

 

長生きできんやろのう。


 

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