第二十三話:「お母さん大好き、おかあさんありがと 第一章」

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             「秋来たりなば冬遠からじ」

 

 木枯らしが吹き荒ぶとても寒い日。確かにあの日は、何か良からぬことが起きそうな妙な胸騒ぎを覚えてた。朝からどんよりと曇り、日差しの欠片さえ漏れぬ厭な日だった。私の父さんの病名が胃癌だと知らされたのは、その日の午後のこと。お父さんには内緒で来て下さいと、かかりつけ医の竹内先生からの電話を受けたのは、忘れもしない一月二十三日のことでした。胃にとても大きな潰瘍があること、どうも進行した癌である可能性が高いこと、手術が出来るかどうか判らないが、とりあえず大学病院を紹介するから診察してもらいなさいと、先生は幾分こわばった表情で仰った。

 家に帰る道すがら、傍らを通り過ぎる親子や恋人らしき二人連れが、あれほど楽しそうに幸せそうな笑顔を浮かべているのに、なぜ私とお母さんの二人だけが、言葉もなく、足元さえも覚束ず、彷徨い歩かねばならぬのか。何かの間違いだと、なぜこんな理不尽なことがと、誰かに詫びて済むものなら、誰かに怒鳴り散らすことで憂さが晴れるものならと、見ず知らずの道往く人々に怒りを覚えたり救いを求めたりと、まるで支離滅裂な想いが、頭の中で渦巻いてた。嘘だ、嘘だ、何かの間違いだよ、きっとさ。そうだよ、きっと間違いだよ。ただの潰瘍でしたって、きっと云われる筈だよ。きっと・・・。

 あれから瞬くうちに日が過ぎて、やれ検査だ、やれ入院だと。そしてとうとう手術の日となった。

「じゃあお母さん、博子、行ってくるよ。胃潰瘍の手術なんて、そう心配せんでも簡単に終わるさ。お父さん、頑張るからな」

 明るい笑顔を見せながら、お父さんは手術室のドアの向こうに消えていった。

 胃潰瘍なんかじゃないんだよ、お父さん。主治医の小山田先生は手術不能かもしれないと云ってたんだよ。後々のことを考えると、癌の告知はしておいたほうがいいって先生は云われたけど、お母さんも私もそんなことよう云わん。今後大変な時期が来るかもしれない、その時になって辻褄の合わんことになるとあなたがたが大変だと、何か怒ったような顔で仰った。けど、そんな残酷なこと、とても言えん、よう云わん。胃潰瘍だと信じてるお父さんは気楽そうにしてたけど、家族みんなとっても神経使ってきたんだよ。頑張って、お父さん。

 祈るような気持ちでただただ手術室のドアが開くのを待ち続けた。手術がちゃんと出来たなら四、五時間はかかるけど、切除不能なら直ぐに中止すると仰ってた。どうか長いことかかりますように。どうか癌が取りきれますように。

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