第二十八話:「お母さん大好き、おかあさんありがと 第六章」

Pocket

PICT4513.JPG

 あの日、帰りが遅い二人を心配して父が玄関先でうろうろしていました。泣き腫らした顔の二人を見て、父はそれでも安心したのか、なにも訊ねず居間に戻っていきました。

 それから1週間後のことでした。お父さんとお母さんと三人でもう一度小山田先生に入院のことを頼んでみようということになりました。外科外来を訪ねると小山田先生は学会で休診、替わりに上司の藪先生が診察しておられました。ラッキーでした。父がレントゲンを撮る間に母が先生に入院のことを相談しました。先生はうんうんと頷いて話を聴いて下さいました。藪先生は先ずは痛みを何とかコントロールしましょうと言われました。そんなことが出来るんですかと訊くと、笑いながらこう答えられました。最近の除痛法の進歩には目を見張るものがあります。いい薬がありますから一度服用してみて下さい、たぶん良く効く筈ですよ。

 同じ医局の先生でもこんなに違うんだと改めて驚きました。患者のことに親身になってくれるということが医者の基本だと思います。嬉しかった。藪先生に会えて本当に良かった。あとの細かいことは先生が診察を終えられる午後に改めて電話を入れることにしていったん家に帰りました。

 午後二時過ぎに大学病院に電話を入れました。待つほどもなく先生が電話に出られました。母が一生懸命入院のことを頼んでいる間中、私も電話をかける母の横についておりました。先生を頼りにしてもいいですかと母が尋ねました。先生は優しくいいですよと答えて呉れました。嗚呼、神様って本当にいるんだなとどれほど嬉しかったことやら。私たちはまだ見捨てられた訳じゃないんだ。本当に救われた気持ちがしました。

 次の週の五月二十日、藪先生の診察を受けるため大学へ行きました。父はいよいよ歩くことも困難になっていたので、大学病院の玄関においてある車椅子をお借りして診察室へと向かいました。父の番となり看護婦さんが呼んでくれました。診察室のベッドに横たわる父のお腹を撫でながら、先生が言われたのです。在宅医療をやってみましょうかと。私たちは意味が良く理解できませんでした。家に帰ってからもそのことばかりが頭から離れませんでした。

 在宅医療ってどんなことなんだろう。胃癌末期の父の看病なんてとてもやれる筈もないと心配ばかりでした。母と二人、だんだんと心配が募って、居ても立ってもいられなくなった夕方になって、藪先生から電話を頂きました。あの状態では父の余命はあと二週間くらいだろうと仰るのです。信じられませんでした。嘘だと思いたいけれど、最近の父の弱り様を看てるとそうかもしれないとも感じます。でも父の横でそんなことを考えている自分が厭もなります。父の腰痛と腹痛は先生に頂いた薬を服用するようになってすごく楽になったようです。

「痛くないってこんなにも幸せなんやな」

しみじみと父が話していました。

 次の日の午前中に、民間の在宅医療会社の看護婦さん、片桐さんが訪ねてこられました。在宅ケアのいろいろなことを説明してくれました。そんなシステムがあることすら知らなかった私と母は、最初のうちはすごく戸惑いました。抵抗もありました。入院させたくないからこんなシステムを紹介するのではないだろうかと、先生を恨めしくも思ったりしました。でも片桐さんが言われるのです。どこに入院したってまあせいぜい点滴をするくらいでなかなか暖かい医療の提供はないものよと。癌の末期だからこそ血の通った人間らしい医療が要るのに現実にはなかなかねえと言われます。

 それに藪先生はボランティアで在宅ホスピスを続けて居られる数少ない先生だということも教えて頂きました。料金も入院したことを考えれば決して高くはないらしい。それを聞いているうちにだんだんとやってみようかという気になりました。気兼ねしながらひたすら耐えていかねばならない入院より家に居るほうが余程父さんの為にもなるんじゃないか。私とお母さんが頑張ればお父さんも喜んでくれるだろう。先生を信じてみようと割り切ったら、その番は久しぶりにぐっすりと眠れました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Scroll Up
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。