第三十一話:「お母さん大好き、おかあさんありがと 第九章」

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 五月二十二日、珍しく朝方までことりと音も立てずに眠る。私も一緒に寝てしまう。午前四時過ぎ、ふと目を覚ますと奇麗な優しい目をした主人が私のほうを見ていた。はっきりとした声でこう云った。

「お母さん、長い間ごめんね。ありがとう。おとうさん、いっぱい、いっぱい、やっつけたからもういいやろ」

いろいろなことを割合はっきりした口調で喋る。お別れをいってるのかしらと思うと、涙が出て止まらなかった。午前二時頃飲ます予定の痛み止めを慌てて呑ます。おしっこがしたいといって、出すまでにとても苦しむ。身体の持って行き場がないらしく、しんどい、しんどいと訴える。見ているのが辛い。誰か、だれか、助けてやって下さい。どうぞ楽にしてやって下さい。

 五月二十三日、夜中十二時頃から一晩中大きな声で呼ぶ。

「おーい、かあさん。おーい、しんどい」

痛いとはあまり云わないかわり、身の置き場がないくらい身体が怠いらしい。点滴の針が刺し難く四回くらい刺されてめずらしく怒る。

「へたくそ」

片桐さんも大変だろうが主人も痛くてかわいそう。手を動かすせいか、途中で点滴が止まってしまい、仕方ないのでもう針を抜いてしまった。藪先生が来て下さる二時間くらい前からぐっすりと眠る。先生が来られたのもたぶん判ってないと思う。薬を飲む時と水分を摂るとき以外は殆ど寝ている。「おーい」とか「はーい」とか寝ながら大きな声を出している。夜、おしっこが沢山出る。

 五月二十四日、夜十時半からぐっすりと眠る。私もぐっすり寝てしまい目が覚めたのが午前二時。急いで薬を飲まさねばと、恐る恐る起こす。薬を飲むとまたぐっすりと寝てしまい、次は六時まで寝てしまった。今度は目をぱっちりと開けて、二時間近く私たち家族三人に囲まれていろいろな話をする。殆どが意味不明で判らないようなことばかりだけど、一生懸命に話す。歌まで唄う。その間二回くらいおしっこが沢山出て、お腹と胃の辺りの膨らみがぺこんと引っ込む。お腹の突っ張りが少ないぶん楽なのか、今日は痛いもしんどいも余り言わずに機嫌がいい。夜、久しぶりに歯磨きもして、手も石鹸をつけてよく洗う。きょうは主人のすごく優しい顔が見られて本当に良かった。明日からも頑張ろう。

 最近の父は意識もはっきりとしないし、誰が誰なのかも判らない状態なんだから、もう入院してもいいだろう。入院させてもらおうと母に相談した。翌日、藪先生が来られたときそのことを相談すると、入院のための移送だけでも危ない状態なんだから、もう少し頑張って看てあげたらどうかと云われました。ちょっと困った顔をされていました。母も私も疲れ果ててもう限界以上のところまできていたのだけれど、先生の励ましでまた少し元気が出るような気がしました。その頃の父はもう痛みは訴えませんでした。お薬を飲まそうと思ってもすぐに吐き出してしまうし、座薬もお尻からの出血で入らなくなっていたので、普通なら痛くて堪らない筈なのに、父は大きな声でずっと唄っていました。血管も脆くなり点滴も入らない状態なのに、おしっこだけは多量に出します。水分も満足に摂れていないので、どんどん痩せて乾涸びてしまうようで、見ているのがとても辛かったです。

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