第三十話:「お母さん大好き、おかあさんありがと 第八章」

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 昼は少し眠れるようだが、夜は目が冴えてしまうようだ。「赤ちゃんみたいやな」ってひとごとのように云っている。夜中にこっそりとおしっこをしている気配に目が覚めた私に、「ごめんな、起こして。父さんは昼間眠れるけどおまえ寝られへんのにな」って謝る。いいよ、そんなん平気って云うと、「お母さんはえらい。おかあさん大好き。君は心の妻やもんな」って云って、愛しながらも運命に負けて別れたけど心はひとつ・・・と唄う。もう哀しくて涙が止まらない。

 父の前で泣き崩れてしまったあの日は久しぶりにぐっすりと眠れた。朝方目を覚ますと父がいろいろな話をしてくれた。云ってることは何が何だかよく解らないが、友達の名前が一人ずつ出てきて楽しい夢を見ているようだった。姉もちょうど来ていた時だったので家族みんなでその話を聴くことが出来た。何だかすごく嬉しかった。父の笑顔を久しぶりに見られた。在宅だからできる貴重な時間だと心底思った。

 この頃はあれほど頼っていた痛み止めもすぐに吐き出してしまう。痛くはないのだろうか。固形物も殆ど摂っていない。お茶とかき氷一口か二口だけ。午後4時頃、橋爪夫妻が来て下さる。一番会いたい筈の人たちなのに話も出来なかった。とてもしんどいのだろう。云ってることもおかしいし、二人の声もあまり聞こえないと訴えていた。

 夕方、藪先生が来て下すった。あまり残された時間は長くないので会わせたい人があれば急ぐように云われた。一ヶ月くらいですかと尋ねたら、いいえ月単位ではなく週単位のことですと仰った。いよいよ最後の覚悟を決めねばなるまい。ああ、神様、夫を助けて下さい。

 でも母も私も疲労の極みに達していた。こんな状態がいつまで続くのだろう。ゆっくり休みたい。早く楽になりたいと思った。だけど父が治ることは絶対にないのだ。私たちがゆっくりと休めるようになる時は父が死んだ後しかないのだ。そう思うと、恐ろしくて、悲しくて、そう云うことを考えた自分をすごく後悔した。でもいくら気持ちでは頑張る意志があっても、身体は限界まで来ていたのだと思う。母が39℃以上の熱を出した。もうこれが限界だ。もうこれ以上続けなくていいよって父が云っているのかもしれない。

 水分も飲み込みにくそうで見ているのが辛い。殆ど会話にならない状態が続く。本当の主人にはもう戻らないようでとても心配。いつも夜中、一時、三時、五時、七時くらいの間で目が覚めて、痛いとか、痒いとか、しんどいとか、いろいろな苦痛を訴えるのに、今日に限りすごくおとなしい。相変わらず1時間毎くらいに目が覚めるのに何も云わずに水分を欲しがるだけ。大丈夫だろうか。

 夜、藪先生が往診に来て下さる。手術が終わっての帰りだと云われる。お疲れだろうに本当に頭が下がる。そのうち吐くようにもなりますと云われる。お父さんがかわいそうすぎる。主人も先生の前では元気が出る様子。辻褄の合わないことを一生懸命に訴えている。うんうんと聴いて下さる先生に心の中で合掌する。先生が帰られてすぐに主人がおつゆが飲みたいというので急いで具のない味噌汁を作る。一口飲んでは「美味しい」、「いい味」と云って何回も飲んでくれた。先生の仰る在宅ホスピスの幸せを実感。

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