第四十一話:『ミイラのごとく』

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 藍子婆さんが付き添いの長女に連れられて受診しました。いつもの定期受診の日はまだ先の筈です。

「どうしたの?何処か具合でも悪いの」

玄関先で転んだらしいんです。胸が痛いと云って寝てたんで心配でと長女。「いつ転んだの?」

どうも先週の水曜日の朝のことらしい。もう五日も経っています。

「何処が痛むの?」

ここいら全部がいとうて痛おてと婆さん、胸から背中をなすりながら顔を顰めて見せます。

「どんな痛みなの?」

何ともいえんくらい痛むんじゃと答えてくれます。

「何とも云えんじゃ判らんが。例えば深呼吸をすると痛むのだとか、ちょっと咳をしてみてごらん」

咳なんぞでやせんでと婆さんは答えます。

「一番痛いとこ指で押さえてごらん」

どこもかも痛うて指ではようおさんと婆さん。

「まあ上の服全部脱いでごらん」

自力で何とか脱いでいます。肩から腕に関しては骨折は無さそうです。

 ところが服を脱ぎ終わった婆さんの上半身を見て思わず絶句。なんと胸から背中にかけて一面真っ白。萎びて垂れたおっぱいも、その昔子供が吸い付いたであろう黒ずんだ乳首も、洗濯板の如き肋骨の並びも、みんな覆い尽くされて見えません。

そう、昔、安物映画で見たミイラそのものじゃないですか。

何とか気を取り直して漸く言葉になった筍の一言。

「藍子さん、そんなに湿布を貼ったんじゃ、もう埋めたほうが早いな」

付き添いの長女と婆さん、最初のうちは何を言われたか判っていなかったよう。

「湿布の成分が皮膚から吸収されるんで張り過ぎは身体にようない。いくらなんでも張り過ぎじゃ」

幸いレントゲン検査でも骨折は見当たりません。受け身が上手だったのか、転んだ場所が幸いしたのか。

「二、三週間は痛みが残るかもしれんが、幸い胸の中にも出血などは無いようだ。肋骨も大丈夫だから暫く無理せんと静かにしてなさい」

 転んでからもう五日も経過しているので、湿布は要らんよと繰り返し説明してお帰り頂くことにしました。それにしてもあれほどの湿布を貼る心境が恐ろしい。ここらの爺さん婆さんがよくやるのです。動悸を感じたと云っては胸に湿布、胃が痛むと云ってはみぞおちに湿布、お腹を通すと云っては臍に湿布、いったい湿布は何の為。そうそうこの前こんなことがありました。狭心症予防の皮膚添付薬、ある婆さんが云うのです。

「あの小さな湿布はあんまし効かんのう。大きなやつに変えてくろ」

 受付窓口で藍子婆さんの声。

「せんせに云って湿布もらってくれんかのう。もうのうなったんじゃ」

聞こえぬ振りをしなけりゃしょうがねえ。筍はただただ黙って診察を続けます。

 包帯で全身ぐるぐる巻きに包んで差し上げましょうかねえ。

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