第七十七話:『入院してるのに その一』

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筍がまだ大学病院の病棟医長だった頃の話です。

或る日、ある若手医局員が浮かぬ顔をして相談にやってきました。

「筍先生、小山田さんのご親戚の方との関係がどうもうまくいかなくって。今日も午後から話が聞きたいと云われて来られるんですが、先生に同席して頂く訳にはいきませんか」

「小山田さんって、先週、緊急入院させた胃癌末期の患者さんだったよね。なんで揉めることがあるの」

「いえ、ご家族は十分に納得されているんです。でも小山田さんの叔母だとかいうひとが二日前に急に来られて。大学病院に入院させてるのに病状がどんどん悪化していくのはどういうことだと、まあえらい剣幕なんです」

「ご家族からその方に十分に説明してもらえば納得されるんじゃないの」

「それがなかなか・・・。ご家族も恐縮はされているようなんですが」

仕方がありませんので主治医の横に同席致しました。五十歳代後半と思しき女性が面談室に入って来られました。金縁の眼鏡をかけた、確かに気の強そうな女性です。筍のもっとも苦手なタイプのようです。型通り病棟医長である旨、ご挨拶申し上げました。

「何故わざわざ病棟医長の先生までが同席なさるんですか。よっぽど拙い治療でもなさっているんじゃありませんこと」

のっけからこれです。我慢して主治医と話を進めてもらいました。

「こんなことを云っては失礼なんでしょうが、主治医の先生はまだお若いようだし、学問的にもまだ未熟なんじゃないかしら。せっかく病棟医長のお偉いせんせに来て頂いたんだから、今日は医長の先生にお話をお伺いしますわ」

金縁の眼鏡に右手を添えて、気取った様子でこう宣うのです。筍はそろそろ切れかかっておりましたが、あくまで口調は静かにゆっくりと、ご不満・ご不審の内容について説明するよう促しました。

「わたくし、小山田の叔母ですの。歳は小山田の敏坊とそう違わないんだけれど、こう見えても叔母ですの」

どうでも良いことから話し出しました。

「敏坊はまだ五十になったばっかりの若さで胃癌なんかになっちゃって。わたしは癌って診断されたときに東京にいらっしゃいと云ったんですよ。でも敏坊の奥さんが、大阪にも大学病院はあるからというもんですから我慢したんです。いえね、大学病院は全国至る所にいっぱいあるんだけれど、やっぱり東京じゃなくっちゃねえ。レベルも違うって云いますし・・・」

何が不満なのかよく判りません。いい加減焦れてきました。

「癌の手術をしてまだ半年も経ってないのに、先日急に容態が変わったっていうもんだから、急いで飛んできたんだけれど、もうすっかり弱ってしまって別人のよう。いつ死んでも不思議じゃないような顔してるじゃありませんか。大学病院に入院させてるのに悪くなるばっかなんて、変じゃありませんかねえ」

東京の大学病院に入院させれば、末期胃癌が治るとでも云うのでしょうか。大学病院に入院さえしていればどんな病気でも治るとでも云いたいのでしょうか。

 

 

如来山内科・外科クリニック

 内覧会 :2月2日(月)午前10時〜午後3時

 診療開始:2月6日(木)午前9時〜

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