第七十九話:『似たようなことが! その一』

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隆雄爺さんが診察にやってきました。もう三十年も前に腰椎椎間板ヘルニアで手術を受けたのですが、術後の経過が思わしくなく、いまでは両方の腕で二本の杖をついて、漸くなんとか自力で歩けるといった状態の爺様です。若い頃、肺結核を患い、右肺上葉切除手術を受け、最近では、糖尿病、脊髄神経性直腸・膀胱機能障害、高血圧症、脂質異常症、前立腺癌、パーキンソン症候群などを併発した、まあ謂うなら「病気のデパート」とでも呼ぶべきおひとです。

二週間ほど前の夜中、低血糖発作で救急車で運ばれて来て以来です。顔色が悪く生気がありません。

「どうしました。具合でも悪いの」

「昨日から熱が出て、痙攣もするし、手が震えて箸も持てん。舌も荒れて白おなっとるし、食欲も全くねえ。せんせ、大丈夫だかや」

車椅子に座った隆雄爺さんの代わりに婆さんが捲し立てます。

「どれどれ、ちょっとベッドに横になれるかい。診察もせんうちから大丈夫だかやと云われてもなあ、何とも答えられんわなあ」

聴診器を胸にあて呼吸音を聴取します。時に肺炎らしき異常な音は聴こえません。

「昨日は熱どのくらいあったの。他に症状は何かあるかい」

「昨日の夜は38度2分だったで。そんで震えてなあ。寒い寒いと云いよったんじゃ、蒲団被せて寝かしたんじゃが」

すかさず婆さんが答えます。

「小便取れるかい。ちょっと検査したいんだけど」

「さっき行ったからもう出ん」

「あんたじゃないよ。爺さんだよ」

「爺さんも行ったで。ようけ出たとお」

ともかく、尿路感染からの菌血症を疑い、抗生剤の点滴と経口薬を処方して、血液検査を至急で申し込んでおきました。

明朝一番に再診するよう伝え、次の患者さんの診察に移ろうとしたのですが、婆さんはなかなか診察室を出ようとはしません。

「せんせっ、わたしゃもう疲れたで。何とかどっかの病院に爺さんを入院させてはくれんかのう。夜中、四回も、五回も、小便に行くだろ。わしゃ、全然眠れんで。もうこれ以上、よう面倒みんわ」

何年も爺さんにまめまめしく尽くしてきたのです。そりゃあ疲れるでしょう。ストレスも溜まることでしょう。ですが病状は、さほど重篤ではなさそうです。抗菌剤を服用しながら、もう一日か二日経過を見ればいいのです。

「あんたが疲れるのもよう判るけど、ここ一日か二日の我慢だ。検査結果も明日には出るんでね。もちっと頑張って看てやれよ。今回の熱が下がったら、ほら、前から云うとったやろ、月に一週間くらい爺さんにショートステイを利用してもろうてな、あんたも少しは気分転換図らにゃなあ」

「でもな、せんせっ。ここへ連れて来るんも大事なんじゃ。車もねえし、頼めるひとも居らんでな」

ケアマネの陣内さんに頼んで、何とか送迎用の足を二日間だけ確保できました。そんなこんなで婆さんも納得して帰ったのです。そう思っておりました。

 

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