第八十話:『似たようなことが その二』

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その夜のことでした。筍の家の玄関チャイムが鳴らされました。ドアを開けると、どこぞのご婦人が立っておられます。

「何か御用ですか」

「いつもお世話になります。私は今日先生に診察して頂いた隆雄さんの奥さんの兄弟の子供の従兄弟が私の主人のムニャムニャで・・・」

よう判らんけど、ともあれ遠縁に当たるひとがご婦人のご主人ということらしい。そのひとが何の用だろう。

「先生、隆雄さんはどうなんでしょうか。大丈夫なんですか」

明日再診する頃には検査結果も判明しているだろうし、臨床経過からももっとはっきりとしたことが次第に明らかとなってくるだろうと、隆雄爺様と婆さんには伝えてあるのです。

それにたとえ遠縁にあたるからとて、何故に目の前のご婦人に病状説明を致さねばならぬのか。説明したところで十分満足できる理解も得られまいし、隆雄さんにとってそのご婦人の理解が深まるとどんなメリットが想定されるのでしょうか。何も得られるはずはないのです。医者には患者の病状を他の人には伝えてはならぬという守秘義務も課せられているのです。

ましてや、こんな夜更けに個人宅を訪問して訊ねるようなことなんでしょうか。来訪の真意が解りません。

「奥さんが不安がっているんです。それで私が代わりに来たんですけど」

「そりゃあ不安でしょうな。でも貴方がお聞きになりたいことは何でしょう。病状を聞かれてどうなさるというんですか」

「いや、奥さんから電話で、近所には頼りになるようなひとが居らんから、今晩もまた悪くなったらどうしたらいいんだろうというもんですから」

「もし、状態が悪くなったら救急車呼んで、診療所まで来ればいいんだよ」

「あんまり不安がるもんだから、どうしたもんかと思って」

「婆さんの疲れも不安もよう解っとる。その事は重々婆さんに説明済みだ。あんたは隆雄爺さんの病状を訊きに来るより、不安がってる婆さんの元で泊まり込んでやってはどうなんだい。あんたらまでが婆さんと一緒になって騒ぎ立てても何にもなりゃせんし、爺さんにとってもようないことじゃ。落ち着いて明日また診察を受けろと云ってやれ」

それにしても何故に事情も解らんままに、医者の自宅にまで押し掛けて、いちいち病状までも訊きたがるのか。訊いて何の役に立つと云うのだろうか。本人や家族にならば話すけれど、奥さんの兄弟の子供の従兄弟のムニャムニャとかに、いちいち説明義務などないのです。さも心配しているかのごとく振る舞って、結局困ったひとには何の助けにもなりゃしない。そんな馬鹿なことが多過ぎませんかねえ。

無益で、無意味な徒労。厚顔無恥の非常識というべきか。

翌日、爺さんはそれなりに元気でした。例のご婦人は顔も出しません。

かの宮沢賢治も高らかに謳っているじゃありませんか。

「東ニ病気ノ子供アレバ行ッテ看病シテヤリ  南ニシニソウナヒトアレバ行ッテ怖ガラナクテモイイトイヒ」

貴方ノ行クベキトコロハ婆サンノモト、医者ノモトデハアリマセヌ。

医者も時には休みたいのです。

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