第百五十話:『杏林大学病院割り箸事件』

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1999年7月10日土曜日、4歳の男の子が兄と一緒に母親に連れられて盆踊り大会に遊びに来ていた。兄弟は綿菓子を買ってもらって食べていたが、母親は、チケットを手に入れるため、兄に「弟を見ていてね」と伝え、その場を離れた。

午後6時5分、男の子は綿菓子の割り箸を口に咥えたまま走っていて俯せに転倒した。その弾みで咥えていた割り箸が喉に刺さった。刺さったときに割り箸は折れたが、男児は自力で割り箸を引き抜き、引き抜いた割り箸の所在は不明となった。受傷時、一時的な軽度の意識障害が見られたが、その後すぐに意識を取り戻した。男の子は保健室に運ばれ、そこで看護師が口蓋にへこみのような傷があるのを確認したが、出血は既に止まっていた。

6時11分、救急隊が到着した。救急隊長は傷口の出血はにじむ程度で、舌に血液の付着があることを確認した。受傷時の軽度意識障害は救急隊員には伝えられなかったが、救急隊は意識清明と判断した。同40分頃、三鷹市の杏林大学医学部付属病院高度救命救急センターに搬送された。救急隊長と病院看護師は再び一緒に傷口の確認をした。病院看護師も特別な意識レベル低下を感じなかった。

6時50分頃、耳鼻咽喉科医師の診察を受けた。その際、医師は母親から「転んで割り箸で喉を突いた」旨を説明されたが、割り箸が折れた事実は誰からも知らされなかった。医師は受傷部位を視診・触診したが、傷口の深さは不明だったが、裂傷があるものの小さく、既に止血されており、硬いものなどが触れることもなかった。救急車内や待合室で嘔吐はあったものの、意識・呼吸に問題なく、四肢の麻痺など神経症状もなかったことから、医師は軽傷と判断した。そして、喉の傷を消毒、薬を塗布して、月曜日の外来受診および何かあったとき病院への連絡あるいは受診を指示し、髄膜炎の可能性も考慮して抗生物質を処方して、午後8時頃帰宅させた。

同日夜間、母親は徹夜で高校の成績処理をしていた。その間、二度ほど嘔吐した。翌日の7月11日午前6時頃、母親が男の子に声をかけたところ瞼や唇に動きがあった。その後母親は寝入ってしまった。午前7時半頃、男の子の容態がおかしいことに兄が気づき、母親はただちに救急要請した。救急隊到着時には既に心肺停止状態だった。同8時15分頃、再び杏林大学病院に救急搬送され、心配蘇生処置が施されたものの、午前9時2分、死亡が確認された。

心肺蘇生中、2名の医師が軟口蓋の傷を視診及び触診したが、異物等は確認できなかった。死亡後、割り箸の残存も疑われ頭部CTが施行されたが、それでも割り箸の有無などは分からず、死因不明であった。杏林大学は異状死として医師法21条に基づき直ちに警察に届け出た。検死で警察医も口腔内を観察したが異物等は発見されなかった。

7月12日、司法解剖が行われ、初めて喉の奥に深々と割り箸の破片が刺さっており、小脳まで達していたことが判明した。父親は警察から司法解剖の結果の報告を受け、頭蓋内に割りばし片が残存していたことを知り、警察に対してその事実を母親に伝えないよう依頼した。7月13日、大学は記者会見を開き、事故が公となった。その約2週間後、母親は父親から男児の頭蓋内に割りばし片が残存していたことを伝えられた。

いたいけな子供が綿菓子の割り箸口に咥えたまま転倒し、口の中に割り箸が刺さり救急搬送された。実際には割り箸は小脳にまで刺入されていたのだが、簡単な検査だけで帰宅を許された。翌日、その子は脳挫傷で死亡した。これが事件の概要。

口に咥えた割り箸が転んだ拍子に、軟口蓋に突き刺さり、しかも小脳に達する間で深く突き刺さるなんて、ちょっと想像の範囲を超えるものだ。救急搬送に際して、誰かが折れた割り箸をチェックしておれば、事態は全く別なものとなっていただろう。

裁判の結果、診療担当の医師は無罪とされた。マスコミの多くはこの判決に不服なようで、口惜しいご両親の談話を中心にかなり感傷的な報道がなされた。

民事上は確かに問題なしとは云い難い事例だ。ひとりの尊い生命を無為に亡くした罪は重い。でもねえ、刑事事件として立件訴追されるなどナンセンスと筍は当初から思っておりました。担当医師が割り箸を故意に刺したというのならともかく、通常の状況では軟口蓋損傷と考えるのも無理はない。ありとあらゆる事態を想定して、検査に万全を尽くせば、やれ検査漬けだ、やれ過剰診療だと謗られる。こんな風潮も確実にあるではないか。

反省すべきは割り箸を咥えたまま走り歩かせていたという事実ではないか。「ものを食べるときは座って食べろ、箸を咥えたまま歩くな」は、昔からの親の大事な躾けではなかったか。診療を担当した医師を擁護する気など毛頭ない。診療技術が稚拙だなどという理由でいちいち刑事事件に問うのなら、世の阿呆、莫迦、間抜けの類いの全てを罪に問わねばなるまい。

かけがえのないわが幼子をこんな事故で亡くしたご両親の気持ちは良く理解できる。どこかに怒りをぶつけたいのも当然だ。でもね・・・。

ことの本質をしっかりと見極めることが大事、これに尽きるよね。

 

やりきれないけどね。

 

我々は、この子の死を無駄にはしていないか?

 

 

 

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