第百九十二話:『医療不信 その壱』

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初めまして、皆さん。今度の誕生日で齢八十となる爺です。いまさら繰言になるが、儂のラストストーリーを聴いてくれんか。いやなに、暇のあるお方だけでいいんじゃ。

 

先だっての朝、どうも前々から腹の調子がよくなくて、行きつけのクリニックを受診したんじゃ。家からクリニックまでは車で5分とかからん近いとこなんでの、自分で車を運転していったよ。婆さんが付き添いなど、いい歳こいて格好悪いじゃろ。独りで行ったんじゃ。待つほどもなく診察の順番がやってきた。診察室に入って、このところどうも食欲がなくてお腹が空いた時など、上腹部に軽い痛みを覚えると、よう見知ったいつものセンセの顔を見ながら訴えたんじゃ。お腹も張るし、食欲がなくて困っとるともなあ。

 

ああ、またいつもの爺さんか。今日はちょっと顔色が悪いようだな。なになに、腹が痛うて食欲がない?腹も張るってか?またいつもの訴えじゃ。まあ、念のためにレントゲンでも撮ろうかい。

腹部単純エックス線写真では、腸管ガスの貯留も、もちろんフリーエアーなどもなく、とりたてて異常所見はない。腹部の触診でも、筋性防御やブルンベルグ徴候もない。聴診上も特に腸雑音に変化もない。まあ、腸管の通過障害を改善する大建中湯でも処方しとくか。そう大したことはなさそうじゃ。

 

大建何とかいう漢方薬でも飲んで様子を見とけってか。効くんかいな、漢方薬って。まあ、ええ。大したことなけりゃ、それでええんじゃ。もう歳も歳じゃから、狼狽えるこたあない。まあ、なんとかなるじゃろ。

 

家に帰って早速飲んでみたんじゃ、その漢方薬をの。そしたらどうじゃ、喉が焼けて焼けて、腹だけじゃのうて、喉まで痛うなって、なんも食べられんくなっちまった。儂ももう歳じゃで、若い時みたいに直ぐにようなるなんて期待はしとらんが、それにしてもあの薬を飲んでからというもの、何も喉を通らんくなってしまった。いったいどんな薬を処方してくれたことか。水もお茶も受け付けん。婆さんや家族は、やんの、やんのと、五月蝿く騒ぐが、どうにもいかん、ここらがそろそろ儂の潮時なんかのう。腹も前より痛むし、最近では背中の方まで痛むようになってきた。そろそろ年貢を納めにゃならんかのう。

 

うちのお爺ちゃん、もう一週間以上ろくに食べてもいない。腹も痛いっちゅうし、喉が焼けて物が通らんいうてるし、病院へ行こうっちゅうても言うこと聞かんし、全くどうしたらええんじゃろ。なんか、顔色もどんどん悪うなってくし、ここ数日トイレにもよう行かんくなって、紙おむつの厄介になっちまった。このままじゃ、死んじまうんじゃなかろうか。私ゃ、心配で、心配で、夜もおちおち眠られんが。

 

とうとう、病状が一気に悪くなる時がきたようじゃ。急に背中から腰の痛みが強うなって、もう我慢できん。脂汗が出る。顔を覗かせた婆さんに、「儂ゃ、もうあかん、もう死にそうじゃ」って弱音を吐いたら、待ってましたとばかりに救急車呼び寄った。仕方ねえ、こんなに苦しいんじゃ、もう家には居られんからの。このまま、家で死ねたらと思うとったが、こんなに苦しいんじゃ、もう我慢できん。それにしても救急車って、矢鱈と乗り心地が悪いもんじゃのう。元気なものしか乗れんようなしろものじゃな。とても病人乗せられるようなもんじゃねえ。

 

程なく救急病院に着いた。ほどなく、若い救急医がやってきてこう言う。

話できる?話せるんなら、どうしたんか、言ってみて。なになに、背中と腰が急に痛うなったってか?転ぶか、何かしたんかい?んっ、なんもしとらんてか。食欲もない?そうかそうか、痛みがあるなら食欲ものうなるわな。食べれるくらいの痛みなら、そう大した痛みじゃないってことになるからなあ。まあ、背中から腰のレントゲン撮ってみるかねえ。

 

レントゲン検査では骨に何も異常はないという。まあ、痛み止めの座薬出しとくから、それで様子をみてくださいって、若い医者が言いよった。状態が良くないから、せめて十分に食べれるようになるまで、入院させてもらえんじゃろかとばあさんと二人で頼んだんじゃが、素っ気ないもんじゃ。どこも大して悪くはないから、もう帰れって。わしゃ寝巻きのまんまで来たんで、帰れって言われてもどうやって帰ったらええんじゃ。歩くこともままならんのに。ひょっとしたら、あまりに儂の状態が悪いから、治療の施しようがないんじゃろか。見放されたんじゃろか。こんな時こそ、医者が頼りなのに。

 

救急病院から帰された後も爺さんはなんも食べられんままじゃ。私らがみたってどんどん悪うなっとるようだが、どっちの医者もどっこも悪ないと言うばかり。このままじゃあかん。このままじゃ、うちの爺さん、近々死んじゃうよな気がする。どうしよう。どうしたらええんじゃ。

市役所の社会福祉課に電話して相談したら、一度、如来山の先生んとこへ相談に行けって言われた。如来山ってどこにあるかも知らんが、ともかく行ってみることにした。娘にも付いてきてもらおう。

 

 

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