第百九十三話:『医療不信 その弐』

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如来山の先生とこ、行ってきた。もう十日間ほども満足に食べられんで、寝たきりになっとる。かかりつけのお医者も、救急病院の若い医者からも、どっこも悪うはないって言われた。じゃあ、何故何も食われんようになったんじゃろ。どっか悪いところがあるんじゃないか。一度診てやってはもらえんかと頼んだ。すると先生は即座に、明日午前の診察が済んだら直ぐに往診に行くから家で待っとれと言って下すった。やれやれ、これで一安心じゃ。まさかすぐ往診に来てもらえるとは思うてもいなかった。地獄に仏とはこのことじゃ。

婆さんと娘がどこやらの医者に往診を頼んできたっちゅうて喜んどる。どんな医者か知らんが物好きな奴もいるもんじゃ。どうせ、儂の身体のことなんぞ、往診したくれえで判りゃせんだろう。だいたい聴診器ひとつでもっともらしい顔して診察しとる医者がどうも前から胡散臭えと思うとったんじゃ。俺は金輪際入院はせん。医者なんぞを頼りにしたってどうなるもんでもねえ。救急の医者が冷たく帰れっちゅうたこと、儂ゃ死んでも忘れんぞ。もうええんじゃ、この家で死ぬんじゃ。このところ、頭がぼーっとして気が遠なるような感じがすることも多なっとる。日が経つにつれ急激に力も入らんようになってきた。あと少しで死ねるんじゃなかろうか。余計なことなどしてもらわんでも、わしゃ独りで死んでいくんじゃ。

先生、お忙しいのにわざわざ家までお越しくだすって誠に済みません。どうぞ、お上りください。主人は座敷に居りますので。先生は主人の直ぐ枕元に胡座をかかれてこう話し掛けられた。

「どうですか、どこか痛むのですか?辛かったですねえ」

そうしてしばらく黙って爺さんの顔を見つめておられた。先生は主人の呼吸に合わせたように静かに静かに息をしておられた。すると主人が目を開けた。

「大したことはできんけど、できることがあればさせてもらうでね。入院は嫌なの。嫌なら無理に入院させるようなことはせんからね。でもねえ、少しでも食べんと栄養失調がどんどん進んでしまうよ」

すると主人が小さな声で答えたんじゃ。私ら家族みんな、驚いたのなんの。どんなに言っても、わしゃここで死ぬんじゃ、もうええからほっといてくれって拗ねてた主人が素直に先生にお礼を言った。

「ありがとう、先生。来て貰うてすまんことで。どうも食べられんのです。食べようとしても喉につかえてどうにも入っていかんのです。食わんのじゃのうて、食われんのです。いったい儂のどこが悪いんじゃろか?」

こりゃいかんぞ。あんまり時間がなさそうじゃ。かなりな栄養失調だ、それに何やら貧血も強そうじゃ。何かが隠されているのだろう。それにしても素直に入院するような爺さんでもなさそうじゃ。どう説得したものか。割に素直に喋ってはくれたけど、入院の話になると全く乗ってこん。どうやって説得すべきかねえ。ともあれ採血だけはさせてくれるという。これで何か判るじゃろ。ともあれその結果を待ってのこととしよう。

血液検査結果を見て驚いた。これほどの貧血があるなんてね。本人と家族の訴えからは極度の貧血の存在なんて露ほども疑わなかった。緊急輸血をしなければならない。でもあの爺さん、素直に入院してはくれんやろうなあ。直接俺が説得するしかないか。明日の診察終了後に再度往診をして、その時に説得してみるか。是が非でも入院させて大至急輸血をせんと間違いなく助からんから。

次の朝、爺さんの部屋に行ってみると爺さんの意識がのうなってた。大声で呼んだら、ちょっとだけ薄眼を開けた。慌てて救急車を呼んだ。救急車が来るまでに随分長いことかかったような気がした。その間にも爺さん、息がおかしくなってきた。ちょうどやってきたケアマネさんが、心臓マッサージをしてくれた。救急隊員が部屋に入ってきたときには爺ちゃんの心臓も息も止まってしまっていた。一人の救急隊員が心肺停止ですと無線機握って叫んでた。何か劇中にでもいるようで現実味がなかった。AEDを2度ほどかけたら心臓の拍動が戻った。酸素マスクをつけられて病院に向かうこととなった。あれほど頼んでも入れてもらえなかった病院へ向かうという。爺ちゃん、気に入らないだろうなと一瞬思ったけど、今はそんなこと考えてるときじゃないと自分を責めた。

結局、一日半は生き延びた。いや、あんな状態で生きてたと言えるんじゃろか。すでに儂の意識はあの朝から全くなしじゃ。脳死ってあんな状態のことを言うんかいねえ。とても生きとるなんて言えるような時間じゃないわなあ。わしの病気は十二指腸の巨大潰瘍だったそうな。じわじわとした出血が続いたんで気づかなかったんじゃな。普通なら貧血がひどくて意識も混濁するような状態だったらしいが、時間をかけて進行すると結構人間って耐えれるもんらしい。腰と背中が痛んだのも潰瘍のせいだったんじゃ。突然の飛び込みで腰が痛いと言われたって、まさかそれが十二指腸の潰瘍の症状だとは、たいていの医者は考えつかんだろうからなあ。今、儂は一つだけ後悔がある。それはあの如来山の筍医者のことだ。あの藪にもなれん筍医者先生、なんでも家で死なせるんが自分の哲学じゃっていうとったらしい。あの朝、婆さんと娘がびっくり仰天して、筍先生になんの連絡も入れんと救急車呼んでしまった。どうせ死ぬんだから、あのまま家で死んでやればよかったと、今つくづく思う。筍先生にゃ、本当悪いことした。筍先生はもっと早くに検査結果を家族に知らせて、即刻入院させとけばと後悔しとるらしいけどなあ。

それにしても人間が死ぬ場所としてはやっぱり自分の家が一番じゃ。いつか必ず死ぬものを何も最後の最後まで病院で足掻くようにして死んでいくなんて、いったいつからこうなったのかねえ。死なすべき時にゃ、苦痛だけとってやって死なせりゃええんじゃ、医者もさ。患者もよ、最後の最後まで生かせてくれってなこと、望んどりゃせんが。死んだ儂が云うとるんじゃから間違いはねえ。

 

死なないのなら病院で治療すりゃええけど、死ぬのなら家じゃぞ。

なあ、皆さん!

 

最後まで聞いてくれてありがとよ。

 


 

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