第二百二十一話:『医者の往診なんて:その一  吉乃婆さん』

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新たな往診依頼がありました。85歳のお婆ちゃん、名前は吉乃さん。最近、眼病が悪化して失明、耳もかなり遠くなって補聴器を付けてもなかなか音を拾えない。NHKラジオだけは何とか聴けるとか。民放は駄目らしい。

 

吉乃婆さんはまだ元気な頃、北設楽の山麓で百姓をしていた。亭主を亡くしてからはずっと独居だった。次第に耳が遠くなり、子供たちからの電話が通じなくなった頃、娘夫婦のもとへ引き取られた。

 

吉乃さんの住処を訪れた。エレベーターの無い集合住宅の4階、3LDKの和室が吉乃婆さんの部屋。部屋の中央にベッド、必要な身の回りの品々がベッド周囲の手を伸ばせば届く範囲に置いてある。

 

目がよく見えていた頃は読書が趣味だったという。今は新聞の折り込みチラシでゴミ箱を折るのが日課。娘夫婦は共働き、日中は吉乃さん独り。昼ご飯は娘が朝造り置いてくれるおにぎり二個、それを独りで食す。

 

吉乃さんの頭は明晰そのもの、読書が趣味だったと言われるだけあって、話し振りにもそつがない。診療所に通うには困難を伴うが、体調には然したる異変は無い。目と耳が不自由なだけで比較的元気だ。

 

吉乃さんに訊いてみた。

「今、もし、どんなことでもやれるとしたら、何が一番やりたいですか」

吉乃さんは暫く考えたのちに、しみじみとこう言われた。

「人間、生き甲斐が無いってことが一番辛いですね。折々の風が季節の匂いを運んでくる山の麓のあの畑で、僅かな野菜を作り、草毟りをしてた頃が一番幸せでしたねえ。あの畑、懐かしい我が家に、もう一度帰りたいものです・・・」

 

二週間に一度、医者と看護婦が往診と称して訪ねてみても、吉乃さんにとって、そんなことは生き甲斐などにはなりゃしない。

 

誰か善意の人たちが、せめてお昼でも一緒に食べて、僅かな時間でも話し相手になれたら、吉乃さんの時間はもっと輝くのではないでしょうか。

 

読書が趣味だった吉乃さんに、定期的に本の朗読でも聴かせられたら、どんなに明るい表情を浮かべられることでしょう。

 

地域の助け合い、支え合いが、今よりもっともっと深化すれば、より安心で、より快適な在宅医療がおくれる筈です。

 

在宅医療の普及を図るには、先ず、生き甲斐を創出できるかどうかです。この国は人の繋がりがあまりに希薄すぎますね。

 

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