第四十七話:『インフルエンザよもやま話 その1』

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 今年もそろそろインフルエンザ・シーズンとなりますね。インフルエンザとは、”突如として発生し、瞬く間に拡大し、数ヶ月のうちに消えていく、高熱と咳を主体とする流行病”と云うことで、ヒポクラテスの時代からすでに記述があったということです。十六世紀のイタリアの占星家はこれを星や寒気の影響(Influence=influenza=インフルエンザ)似よるものと考え、その名の由来となったそうです。日本でもその記載は随分古くからあったようです。平安時代の「増鏡」には「しはぶきやみ はやりて ひとおおく うせたまふ・・・」とあり、これがわが国におけるインフルエンザ記述の最初であるとされています。江戸時代に入ると「お駒風」、「谷風」と名付けられた悪性の風邪の流行が知られています。これも恐らくインフルエンザであったろうと考えられています。

 インフルエンザ・ウイルスにはA、B、Cの三型があり、このうち流行性のものはAとBの二型です。ウイルス粒子表面には赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という糖蛋白があり、これらが感染防御機構の標的抗原となっています。特にA型ではHAで15亜型、NAで9亜型の抗原性が異なるタイプが存在し、これらの様々な組み合わせを持ったウイルスが存在し得るので大変です。インフルエンザはヒトだけの病気ではなく、ブタやトリなど多くの宿主に感染します。いわゆる人獣共通感染症となっているのです。最近心配されている鳥インフルエンザもそのうちのひとつです。

 1918年、A/H1N1のスペイン風邪は世界中で六億人もの人々が罹患し、死亡者は2,000万とも3,000万人ともいわれております。我が国では翌年の1919年から1920年(大正8年から9年)にかけて流行し、患者数2,300万人、死者は38万人にも達したとされています。このスペイン風邪のウイルス・タイプ(A/H1N1)はその後40年もの間続きました。1957年からはアジア風邪(A/H2N2)の流行が11年続き、1968年になると香港風邪(A/H3N2)が現れ、さらには1977年にはソ連風邪(A/H1N1)が加わり、現在はA/H3N2が既に40年近く流行を続け、またA/H1N1が30年近く、さらにはB型も加わって、これら3種が小変異を繰り返しながら世界的な流行株を形成しているのです。いつ新型インフルエンザが再来してもおかしくはないのです。

 1977年になると香港でH5N1型の鳥インフルエンザが分離され、2003年、これが東アジアに広く感染拡大を起こしました。国連を中心に感染拡大防止に多大な努力が傾注されましたが、現在ではロシア、中近東へと世界的な広がりを示しています。渡り鳥が媒介するH5N1型の感染封じ込め作戦は今や完全に破綻したといえます。今のところヒトへの感染はごく限定的で、鳥類に濃厚に接触したヒトへの感染が見られるだけですが、致死率が約60%と高く、ヒトからヒトへの感染性を獲得した場合には、かつてのスペイン風邪のごとき猛威を振るうのではと懸念されています。

 また、ごく最近では、2009年にメキシコで発生した新型インフルエンザ(A/H1N1亜型)では、WHOが新型インフルエンザのパンデミック宣言(フェーズ6)が出され、日本国内でも機内検疫とか入国制限などの馬鹿げた対策で大わらわとなったこと、ご記憶あろうかと思います。

 さらに今年になってからは、中国上海で鳥インフルエンザ(A/H7N9亜型)の小規模な流行が報告されました。実態は中国のこととて不明としか言いようがありませんが、報道によれば数百人規模の患者数と40名あまりの犠牲者を出したとのことです。

 細菌もウイルスもなかなか手強い相手で一筋縄ではいかぬようですね。

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