第百七十九話:『ビンタ狙い』

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朝、6時15分、串本袋港を出船、微風、波穏やか。目指すは潮岬沖水深40m付近。前日、船長さんに最近の釣果のほどを電話確認したところ、活けの鰺を餌にメジロ・カンパチ狙いでやってたとき、何者かに10号のハリスをいとも簡単に切られたとか。ビンタも沸いてるしとか、常日頃、余り風呂敷は広げぬ船長がこう云う。胸躍らぬ訳がない。

 

30分も船を走らすとそこはもう狙い定めた漁場。朝日が昇り始めた。多少雲はあるもまずまずの晴天。すでに辺りには十四、五艘近くも犇めいていたか。すぐに釣ってよしとの船長の合図。天秤仕掛けで、撒き餌かごにはオキアミを詰めて、刺し餌にはオキアミと小さな赤烏賊の一匹付け。第一投目の投入、船長の指示通りに水深20mに仕掛けを止める。待つ間もなかった。いきなり竿先がズボッと海面下に引き込まれた。慌てて合わせるも俊速のハリス切れ。それもただの一引きで・・・。素手でハリスを切ろうとしてもせいぜいが手を切るだけのあの丈夫なハリスを、踏ん張る足場とて無い海の中で容易く切っていくあの力。ただただ驚嘆、ただ絶句。

 

船長が訊ねる。

「何号使ってたん」

「五号だけど・・・」

筍が答える。

「ビンタが沸いとるって云うたじゃろ。五号なんかじゃ話にならん。八号か十号でもええくらいじゃ」

そうは云うけれど、いつもはこれくらいのハリスであれば、たいていの魚は釣り上げられる。何せ天秤の上下に四ミリと三ミリのそれぞれ二メートルのダブル・クッションを付けているのだ。船長の忠告も聴かず、ハリスを六号に変えて再度挑戦。いつものことながら潮の流れが速い。今年は黒潮が潮岬沖直ぐを流れる関係から渦を巻くような矢鱈と速い下り潮。魚の泳ぐ速さより餌の流れるほうが速いのではと心配な程だ。こんなところで船から海に落ちようものなら明日には八丈島へ島流しじゃろ。

 

でもそれほど速い潮の流れの中でも頻繁にアタリはある。それもいきなりガツンと竿先を絞り込む強烈なアタリ。でもね、正体は人相、いや魚相も悪く、体臭が濃いシイラ君、大きいのやら小さいのやら、滅茶苦茶な数が集まっているようだ。大きなやつは1mを優に超え、小さなやつで4、50センチ、ビンタやシマアジやカンパチが食らいつく前にこやつらが大宴会、大狂乱。シイラの歯はとても鋭い。海面まで上がってきても飛んだり跳ねたりの大ファイト。六号仕掛けではとても保たぬ。

 

ハリスを七号に上げたが、やはり食らい付くのはシイラばかり、ビンタは何処へ行ったのだ、カンパチは、メジロは、シマアジは・・・。ときおり丸々と太った胡麻鯖がぽつりぽつりとまた違った魚信を竿先に届ける。カンパチだった、シマアジが来た、ビンタじゃ、ビンタじゃ、漁師無線では威勢の良い釣果の報告が相次ぐ。でも船長と筍にはシイラばっかり。眼と鼻の先の僚船でも船尾で釣り客が大きく竿を撓らせている。タモで掬ったのはどうやらどうやらビンタ、我と船長の竿にはただただデコスケでどっシイラけ。

 

人生とは往々にしてこんなもんじゃなあ。そうそういい目ばかりじゃありませぬな。いつかきっといい目も出るじゃろ。いずれな、多分、いつかきっと・・・。でてほしいなあ。

 

*ビンタ:長い胸びれを持つマグロの仲間、ビンナガ、ビンチョウ、トンボとも呼ぶ。正式名は鬢長マグロ。熱帯から温帯の外洋に生息し、大きなものでも120センチとマグロ類の中では小型の部類、肉食性。肉質は柔らかく、クロマグロに比して色が薄く、シーチキンとして有名。

 

*シイラ:回遊性の外洋表層魚、トビウオやイワシ類などの表層魚を餌として、ときにはジャンプして捕食することもある。体調は大きなものでは180センチ程にもなる。泳ぐ力が強いのでマンリキ(万力)と呼ばれたり、群れを作り次から次に釣れるので、トオヒャク(十百)とかマンビキ(万匹)とかクマビキ(九万匹)と呼ぶ地方もある。紀州ではトオヒャクと呼ぶ。成長した雄の額は突出し角張ってくる。

 

 

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