第百二十四話:『大酒飲みのとんがらし医者 その弐』

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「てきゃ(あのひと)のう、わえくちゃじゃあ。毎日、毎日、明るいうちから酔いさらして、涎喰うて(涎垂らして)寝ちょるんじゃ」

「どがいなもんじゃろのう、でもおもしゃいで。てきゃのう、とんがらしを肴にして、股ぐらに濁酒抱えて、茶碗酒やぞい」

「そんくらいこた、しやないわ。殿さん診とっただけのことはあるでよ。なんし、腕がええんじゃからのう」

「ああ見えてものう、がいにかえらしとこあるでよう。このまえなんぞ、おしま婆が亡うなったときにゃ、涙ぽろぽろ流して泣いとったげな」

村の衆の噂話も何のその、文貞せんせ、今日も朝から大忙し。

「どないしたんじゃ。なに、しんどうがこわいてか。腹もにやにやするってか」

「心配せんでええ。まだ死にゃせんで。もちっと寿命はあるじゃろて、みんな死ぬんじゃ、じたばたすんな。慌てんでもちゃんと儂が死なせちゃる」

せんせの評判は山を五つも六つも越えた海岸べりまで鳴り響いたと。平井川の集落は来る日も来る日も他所からやってくる患者で溢れかえっとったげな。でものう、貧しいもんばっかが多かったんでの、大して儲かりはせんかったげな。みんな診察代の替わりといっては濁酒ちっとととんがらし一握りを置いていくだけ。それもその日に飲んでしもて。文貞せんせの周りはのう、まるで造り酒屋のようにいっつも酒の匂いでむせるほどじゃったげな。

そいでも文貞せんせは嬉しそうじゃあ。患者診るのが好きなんじゃ、病気治すんが天職じゃと云うてのう、よう働いてくれたんじゃと。

そいでものう、飲んだせんせにゃ、だあれもよう近づかんかったげな。酒癖の悪いことといったら、おまん、あたけるわ(暴れる)、ろくでるわ(ひねくれる)。あるときなんざ、寺のおっさんをはったかして(はり倒して)、おっさんのかしらいがんで(歪む)しもた。

まあようあんだけ呑めたもんじゃ。でものう、わえくちゃじゃけど、おもしゃいし、かえらし、憎めんお人じゃったげな。

幾年月が経ったのやら、おおにし(冬に吹く西からの強風)吹ききる寒い晩の子の刻じゃったと。せんせの納屋から火の手が上がった。

「火事やあ、火事や、せんせの納屋が燃えとるぞおお」

村中が上を下への大騒動になったんじゃ。

「水じゃあ、水持ってこおお、せんせが居らんぞ。せんせええ、せんせえーっ。どこじゃああ、どこいったんじゃああ」

村の衆が必死で探すほどに、燃え盛った納屋の片隅、空の酒樽抱えて焼けとるせんせが見つかった。

「せんせ、せんせえ、しっかりせえや。こんな火傷くれえ大したこたねえ、しっかしせんか。こら、せんせ」

大火傷じゃったげな。薄目を開けた文貞せんせが呟いた。

「どこぞにええ医者は居らんか。おったら助かるかもしれんがのう。儂が死んだら、酒ととんがらしをお墓に供えろ。さすればきっと病は治しちゃる」

それが最後の言葉だったげな。

今でも文貞せんせの墓には酒ととんがらしが途切れることはねえんだと。

もう二百年ほども前のことじゃとか。

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