第百三十二話:『立岩のがいたろうぼうし 後記』

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一才桜

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 河童伝説は日本全国至る所にあります。河の童、河のわっぱ、がわっぱ、がっぱ、かっぱと呼ばれるのでしょうか。また、河太郎という呼び名もあります。これが訛って、がいたろう、げーたろう、がたろうと呼ぶのでしょう。

 河童は、頭に皿、尖った口嘴、背には甲羅、手足には水掻きを持ったとするものが一般的です。「河童に尻子玉を抜かれる」と云う表現は、恐らく溺死者の肛門括約筋が弛緩している現象を観察して,直腸にある尻子玉という空想上の臓器を河童が肛門を通して抜いたのだと想像した結果なのでしょう。

 喜三郎という方は驚いたことに実在の人物だそうです。世を儚んで娘と共に立岩から投身自殺なされたそうで、これがこの物語の原型のようです。一見長閑にみえる鄙の里も残酷悲惨は日常茶飯のことであったようです。

 地元の古老による言い伝えは二つあり、喜さぶががいたろうに立岩の淵へ引きずり込まれたという話と、百姓某の飼っていた牛が尻尾にがいたろうを吊り下げたまま家に帰ってきたとする別の話を、筍が無理矢理ひとつの話に纏め上げた嘘八百です。

 なお、物語の最後部分に出てくる真砂(まなご)という地名は、平井の集落を下ること二里ほど、昔は古座川河口へと炭や材木を運び出した、往時は大層賑やか船着き場であった所の地名です。恐らく広い砂地が存在し、真砂の砂が三升になることはあり得ないこと。また、お大師山は平井の部落の東に聳える松の大木が多い信仰の山、この山の松が僅か三本になることもまたあり得ぬことの喩えとして、河童の悪戯への未来永劫の封印として使われたのでしょう。

 真砂は今では七川ダムの水門の直ぐ下、流れが澱むために汚泥が溜り、夏には悪臭が問題となっております。お大師山もご多分に漏れず、今や松枯れ病の蔓延で、その殆どの松が枯れ果て、がいたろうぼうしが悪さを再開する日も近いのかもしれません。もっともがいたろうの棲めるような十分な深さの淵ももはやありません。

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