第百五十七話:『迷信、妄信、誤信の類い』

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ハイビスカスの花芯

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「値段の高い薬ほどよく効く」

クリニックの支払いは高い、高いと文句をいうが、効きもしない得体の知れぬ通販などの馬鹿高い健康食品は喜んで買っとる。「値段が高い薬はいい薬、だから効く」のではなく、これだけ支払ったんだから効くはずだ、との思い込みなのか。だいたい得体の知れぬ薬ほど、「神」とか、「仙」とか、「聖」とか、「妙」とかの漢字が使われているもので、箱の色や文字の色が金色や銀色のものなら間違いなく怪しいね。栄養ドリンク剤もまた然り。あんなの飲むなら何か上手いもんでも食べれば良いのねえ。

 

「なにかのときの置き薬」

なにかのときの置き薬、あると安心なのだとか。そんなの素人判断で飲めば治るなら、飲まずとも治る可能性が高いね。薬を飲んだからという根拠もない安心感だけなのさ。これをプラセボ(偽薬)効果と呼ぶのです。むしろ勝手な判断で、訳の解らん薬を飲んで我慢するうちに、手遅れになる。これが怖いよね。置き薬やの商売熱心なこと。悪徳業者も多いしね。

 

「大きな病院の医者ほど偉い、物知り、腕がいい」

その逆は田舎の医者、筍のごとき潰れかけたクリニックの医者さ。腕は悪いし、知識も無いし、金儲けだけに熱心でさ。病院の規模と設備の充実度が信頼感を大きく左右するんだよね。大学病院には大学病院なりの、総合病院には総合病院なりの、小病院には小病院なりの、開業医には開業医なりに、それぞれに担うべき機能があるんだよね。合理的な機能分担こそが医療水準の向上に必死事項であろうに・・・。何でもかんでも大きな病院にかかりたがる。患者も賢くなって欲しいよね。とくにさ、「○○記念病院」ってな名前の病院、ちっと怪しいね。何の記念なんじゃろ?

 

「診察は要らん、薬さえ出してくれりゃいい」

医療とは、先ず診察があって、その見立てに応じて投薬するもの。薬さえ貰えりゃいいのだという患者さん、結構多いよね。薬が欲しけりゃ薬局で薬買えばいいのです。診察もせずに薬が出せるなんて大したもんだよね、薬剤師さんもさ。

 

「睡眠薬を飲むと惚ける」

睡眠薬を飲んで惚け他というなら、きっとの先ずとも惚けてたんでしょうね。日常生活に支障を来すほどの睡眠障害では薬物治療が効果的ですな。ただし、朝三時や四時に起きてしまうと訴える患者さんに、何時に寝ているかと訊ねると、夜八時にはねていると答える爺さや婆さもおる。午前三時に起きたって、すでに七時間も寝ているじゃないか。いったい何時間寝れば気が済むのか。どうせ、もちっとで、ずっと眠られるのにね。

 

「血圧の薬は一旦飲み出すと一生飲み続けなければならない」

だから薬は飲みたくないという患者さん多いよね。先ず最優先で為すべきは食事療法、第一に減塩、第二に減量、第三に運動じゃね。それでも血圧が高けりゃ、薬を飲むべし。脳卒中になりたきゃ、別に薬など要らんがね。脳卒中は血圧が高けりゃ高いほどその危険性が増すことは、統計学的にも至極明らかなことです。寝起きの血圧が一番大事。上が135以下、下が85以下、このどちらもクリアせなあきまへん。

 

「自分がお医者」

ちっと頭が痛いと云っては「脳梗塞と違うやろか」、ちっと腹が痛むと云っては「ほれ癌とちゃうやろか」と、あらゆる病院を駆けずり回る輩が多いよねえ。自分の不安の本態を良く考えてかかりつけ医に相談する。これがもっとも賢いやり方なのに。「自分がお医者」では話にならん。「自分のお医者:かかりつけ医」に相談すべし。

 

「いい医者にかかっていれば死なない、病気は全て治る」

以前出された判決にこういうものがある。半年前に乳癌の手術を受けた。退院後は外来受診をしなかった。術後半年後に肺転移が見つかった。術後早期に補助療法としての抗癌剤治療や放射線治療をしていれば、再発は免れた可能性があるとして、主治医と病院側の敗訴。術後外来受診をしなかったのは患者の自由。でも転移したのは医者の責任らしいこの判決。抗癌剤治療さえやっておけば再発を免れた可能性?そんなに良く効く抗癌剤があるなら、医者は皆、とっくに使ってるよ。それにしても患者側の鑑定医はいったい誰なんだ。ちゃんと公開すべきじゃないのかねえ。

自らの人生の暗転を、他人の責任として非難する風潮、今後も益々高まっていくのでしょうかね。嘆かわしい限りですね。

生きられるうちは精一杯生きて、死ぬるべき時がきたら、従容として死に赴く。時来ればそうありたいもんだと、筍は常々思うんだけれどねえ。それが生きとし生けるものの運命なのではないでしょうかね。

 


 

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