第百十四話:『十八淵 その弐』

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どれほどの月日が流れたことじゃろ。山がまるで錦の打ち掛けを羽織ったような紅葉の盛りのある夜更け、お蔦はいつもの如く布団の中、光り輝く玉を両の掌で包み込んで、うっとりとしておったげな。

ところがじゃ、その日に限って玉は光らんのじゃ。ただの石ころのようじゃった。不思議に思いお蔦が玉の奥を覗いてみると、何とその玉の中に虹色の魚が一匹泳いでおったと。その七色に輝く魚はお蔦のほうを見ると、こうゆうたげな。

「お蔦、儂はあの淵の守り神じゃ、おまんがあまりに嬉しそうに儂を眺めるのでのう、半年ほどはおまんの好きにさしちゃろと思たんじゃ、おまんが十八になる日までには儂をあの淵に戻すんじゃ。もし約束を違えれば、おまんの命はのうなるぞよ。忘れるでないぞ」 言い終わるが早いか、玉はまたいつものように光り始めたんじゃ。

お蔦は「夢だったんやろか」と訝しく思いながらも、相変わらず、くる夜も、くる夜も、両親が寝静まるのを待っての、頭からすっぽりと布団を被り、襤褸に包んで床下に隠したあの宝物を取り出すのじゃった。そして朝までうっとりとその玉を眺めておったげな。

「本当に返さんとあかんのやろか。返さんといたらほんとに死んでしまうのやろか」 お蔦は悩んだ。好きな釣りも、畑仕事も、何もせんと、日がな一日寝ておったげな。毎晩、毎晩、玉を眺めて夜通し起きとるもんじゃから、昼は眠たかったんじゃろ。両親ものう、そろそろ嫁入り真近のお蔦が陽に焼けるのもかなあんし、「お蔦十八、花なら蕾み、萌ゆる色香のこの頃は・・・」と囃し立てる隣村の若衆たちの目に触れさせてはなるものかとのう、お蔦が働かんのも咎めんじゃったと。

そうこうしているうちに正月も過ぎ、そろそろ時は春、桜の花がちらほら咲いて、あと旬日でお蔦十八。漸くお蔦は決心した、 「この玉をあの淵の守り神様にあんじょう返さなあかん」 懐に玉を忍ばせ、川を上っていったと。淵は去年の夏と違い真っ暗じゃった。魚は勿論,動くものなどなんも無うて、まるで黒い穴のようじゃったげな。

光り輝く玉がのうなったせいじゃろか。お蔦は懐から玉を取り出して、淵の深みに投げ込もうとしたんじゃ。でもどうしても手が動かん。こげな美し玉ほかしちゃるのは惜しゅうなったんじゃの。でも戻さんとお蔦の命はのうなる。もう一度、投げ込もうとしたんじゃ。けどやっぱ、お蔦の手はぴくりとも動かん。玉は余りに美くしい。何とお蔦は、そのまま玉を懐にしてまた家に帰ってしもたんじゃ。

前は日焼けした健康そうな別嬪さんのお蔦が、今ではすっかり色が青白うなってしもてのう、透き通るようじゃったと。それはそれでいよいよ色香匂い立つよな美人だったが、日がな一日中寝て、だんだんと弱っていくお蔦を見て両親はえらく心配じゃったと。

「なんや、かだらがかいだるうて」 前はあんなに好きじゃった茶のおかいさん(茶粥)も食べようとはせんとなあ、一日中布団のなかじゃ。それでもお蔦は例の玉のことは誰にも何も言わん。

そうこうしているうちに、いよいよお蔦十八の誕生日になったんじゃ。朝からお蔦の容態を心配した母親が布団の端に座って糸を紡いどったげな。するとどうじゃろ、床下から溢れんばかりの光が家中を照らし出した。見る間もなくあの玉がゆっくりお蔦の布団の上に浮かんできた。母親は腰を抜かしつつもお蔦のほうを見やった。

お蔦は母親に優しく微笑みかけ、そのまま影がだんだん薄うなっていったと。そしての、終には消えてしもた。家の前の畠で野良仕事しとった父親がふっと家のほうを見たときじゃった。家の中から屋根へと光の玉が昇っていった。その玉は暫く屋根の上に止まっていたが、すぐあの淵のある方角へ物凄い勢いで飛んでいったんだと。

その日以来、お蔦は家へは戻っては来んかった。里のひとはみんな淵の守り神がお蔦を嫁に攫ったんじゃと噂したげな。そしてその淵のことを「十八淵」と呼ぶようになったんじゃ。そしての、それ以後、里人は十八淵では決して魚は捕らんかったそうじゃ。

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