第百十六話:『植魚の滝 その壱』 

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どれほど昔のことじゃったか、今ではもう定かではないがの。

木の國大塔山の中腹辺り、源流近くの滝の脇に二人の男の子を抱えた樵があったげな。樵は二人の男の子の成長だけを唯一の楽しみにしての、毎日、毎日、山仕事にそりゃあ精出しとったげな。

でもの、光陰ひとを待たずじゃ。年を取る程に一日一日が過ぎるのが早よなってのう、若もん二人は日増しに元気に逞しゅうなってったが、樵はのう、寄る年波にゃ勝てんけえ、年々歳々、腰は曲がり膝が開いて痛うてのう、眼は霞み耳が遠なって、終には寝たきりとなったんじゃと。何とかおっとうに元気になってもらわにゃと、兄弟は大層孝養を尽くしたげなが、次第に病が篤うなっての、今日か明日かの今際の際、おっとうが苦しげな息の下で云うたげな。

「死ぬまでにいっぺんでええから海のいお(魚)が喰いてえ」

けどのう、大塔山から一番近い串本の海までは十四、五里もあるんじゃ。どがい急いだところで二日は掛かる。じゃが折角のおっとうの願いじゃ、何としてでも息があるうちに、いっぺんでええから海のいおを喰わしてやりてえもんだと、足のはええ兄貴の太郎が浜まで奔り、優しいおととの次郎はおっとうの看病する事になったんじゃと。

「じゃあ次郎、いんでくるで。おとしゃんのこと宜しく頼むけえ」

「おう、まかしちょいて。おまんも気いつけての。海のいおがどがいなもんか、うら(おいら)も知らんが、何とかして喰わせてやりてえのう。はよういんできて」

朝まだ暗いうちから太郎は串本目指して奔ったげな。松根、西川、船原を通り、下露、佐田、真砂(まなご)を抜けて、松の前、大川、三尾川(みとがわ)を過ぎて、一休み。

ちっと息を整えた後に又走り出す。蔵土(くろず)の一枚岩を左手に眺め、相瀬、立合、一雨(いちぶり)、鶴川を超え、さあ最後の難関、風吹山の登り道じゃあ。はあはあ、ぜいぜいと息荒く風吹山のてっぺんを右手に眺め、ようやっとに峠、牟婁の海がきらきら輝いとるんが見えるんじゃ。

息も絶え絶え汗しんどろけの太郎が串本袋の浜にようよう辿り着いたんはもう陽が海に沈まんとする夕暮れ時のことじゃった。浜の直ぐ脇の漁師んちでは夕餉の膳に向かった頃じゃった。真っ黒に日焼けした洟垂れわっぱがよれよれになった太郎に気い付いた。

「とっちゃん、誰か戸口に近寄ってくるぞい。えろう息が上がっちょる」

「おまんは誰じゃい。此処らじゃ見かけん面じゃのう。それにどがいしたんじゃ、誰ぞにおわえられ(追いかけられる)でもしとるんか」

「おいやん、うら(俺)怪しいもんではねえ。おとろしもんでもねえ。はるばる大塔山から来たんじゃ。うらのおっとうは今日明日にでも死にそうじゃ。死ぬまでにいっぺんでええから海のいおが喰いてえちゅうもんだで、今朝はようにこっちに向こうて山を降りてきたんじゃ」

「なんとのう、そがいに遠から来たんけ。そりゃえらかったじゃろうにのう。海の魚が喰いてえとけえ、いつでも分けてやらんこたねえが、今朝獲った分はこうして晩飯のおかずになってしもうたし、そいに今からではもう暗なるし山には戻れんじゃろ。どがいじゃ、おまん、今日はここに泊まって明朝早ように、おいが獲ってきちゃるけえ、あたらし魚持って戻ればどがいじゃ」

「おおきによう、おおきによう。納屋でもええから泊まらしてくれりゃあ、どんだけ助かることか」

そんときじゃあ、太郎の腹の虫がぐうっと大きな音たてた。

「そりゃあ腹も減っとるわのう、粟と芋のお粥さんや菜っ葉と魚しかねえが、まあ上がって食ってけや」

「やにこう(とっても)ほうらしない(恥ずかしい)こって、ほいたら遠慮のうよばれる(ご馳走になる)よう」

 

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