第百十九話:『植魚の滝 後記』

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話し始めて未だ間もないのに、既に当初の心積もりを崩してしまいました。お詫び申し上げます。

「民話の舞台となった現地の現状も併せて報告する」という条件です。

植魚の滝は紀伊半島の最高峰大塔山(1122m)の中腹にあります。大塔山一帯は年間雨量が4000mmを越え,しかも一年中日照に恵まれているため、椎や樫など豊かな照葉樹林に覆われております。空にはくまたか、稜線にはかもしか、木々の間には猿や熊、渓流には大台山椒魚の幼生など、野生動物の天国でもあります。

さて植魚の滝は落差18メートルの二段の滝で両岸からせり出した巌石が頭上を覆って,あたかも洞窟の中にでもいるかと錯覚する程です。苔むした巌に囲まれた植魚の滝は、まさに深山幽谷の風情を持った小さいながらとても美しい滝です。

ここに掲載した植魚の滝は和歌山県の広報より無断借用してきたもので,筍自らが撮った写真ではありません。県道古座川熊野川線を一路大塔山に向かう峠の少し手前に、古座川源流の渓谷を渡る大塔橋があります。そこが大塔山登山の起点のひとつです。橋のたもとより渓谷に降りて弓矢谷の源流を遡ること一時間弱の上流地点に目指すその滝があります。

ですが今回は現地取材を省略致しました。理由があります。山蛭です。今年はやたら山蛭が多いらしいのです。足許から忍び寄るだけならまだしも,時には樹上の枝から首筋にぽとり、知らぬうちに吸付かれるのです。

筍自身は未だ山蛭に遭遇したことはありませんが、患者の下腿部にぶら下がったものを見たことはあります。どうもあの芋虫系統の連中は大の苦手なのです。何や訳も無う恐ろしゅうて、とても梅雨の季節にゃよう行かんのであります。秋も深まって山蛭の心配が皆無になってから、大塔山登山を兼ねて取材し、自らが撮った写真に差し替えますので何卒ご容赦下され。

何に致しましても植魚伝説は親孝行息子の話。昨今の親殺し子殺しなどの凄惨な事件を聴くにつけ見るにつけ、今一度皆が「生きるということの意味」を考え直さねばならないのではと思います。

「虚を捨て実につく」 金銭欲も物欲も名誉欲も全てが「虚」のものです。

「実」とは何かを見極める心、これが大事ですね。

One thought on “第百十九話:『植魚の滝 後記』”

  • 若かりし頃諭されたことがあります。
    正義で生きるならば、名誉も地位も名もないぞ。、
    真(きゅうわな心)一筋で生き抜けと。
    相対的な社会の中で難しい課題でした。

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