第百二十話:『いくさ地蔵 その壱』

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いまではもうどれほど昔の事じゃったか定かではないがの。

添野川(そいのがわ)の庄に、年老いた母親とひとり息子が住んどったげな。倅の名は彦八、そりゃあ優しゅうて親孝行な男じゃった。花咲く春から錦秋過ぎる頃までは僅かの田畠を耕し、木枯らしの吹き荒ぶ寒い冬は山へと分け入り、鹿や猪(しし)撃ちしとったげな。鉄砲名人じゃったげな。貧しいけれど平穏な歳月を過ごしとったんじゃ。

けどのう災難はいっつも御上が持ってくる。ひぐらしが煩いほどに鳴き交わしておった夏の盛りの夕暮れのことじゃった。彦八に召集令状がきたんじゃと。年老いた母独りをほらくって、戦に行くんは何としても気の進まんこっちゃったが、御上の命令にはどがいしてん逆らえん。

里の衆もな、お国のための出征じゃ、母親と田畠の世話はまかいとけ云うてな、何故だか知らんが、みんなそろいも揃って、「万歳、ばんざいー」ちゅうてのう、彦八を送り出したんじゃと。いってえ、何が万歳だか、人間同士が殺し合うよな情けねえこと、畜生にも劣るよなことをしとないのうと、彦八は口には出さんかったが悲しんどったげな。

そりゃあそうじゃ、紀州の猟師はのう、鹿でも猪でも、いきとしいけるもんを獲ったときゃのう、貴重な恵みを与えてくれた山の神に感謝の祈りを捧げ、貴い命を落とした獣の鎮魂を念じてのう、決して手荒に扱うことなどなかったんじゃ。

そいが今度は戦争じゃあ、敵とはいえど家にゃ親も子供も待っとろうに。撃鉄上げて、銃口向けて、照準合わして、引き金を引く、なんちゅうことはようせんで。じゃがのう、戦でそがいなことしとってはこっちが撃たれる。何としてもお努め果たして、無事でおっかあの待つ故郷に戻らねばと、彦八の足取りは重かったげな。どれほど気掛かりな、どれほど辛かったことじゃろう。

添野川の里から将軍山を越えて行く当時の田辺街道はの、今でも大層険しい悪路じゃが、当時はもっともっと峻嶮な杣道みたいなもんでのう。果たして幾つ峠を越えたことか、さすがの彦八も息切れてちっと立ち止まったときのこと、笹叢の向こうにお地蔵さん(おじどうさん)があったげな。

「こがいに辺鄙なとこにおじどうさんとはこりゃまた奇妙な・・・」

と彦八は不審に思うたが、すぐにその前に額づいての、一心不乱に願い事したんじゃと。

「どうかこん戦で命落とすことの無きよう、どうかこん戦でひとを殺めんでもよきように。母の待つ故郷にどうか無事で帰れますようにお計らい下せえ。もしそうなったあかつきにゃ、きっとおじどうさまをこげな人里離れた寂しいとっから、あがらの郷にまでお連れ申して、末永うお祀り申すで。でひ(是非)にもご加護を賜りますよう。でひにもお慈悲を」

長かった戦もようやっと終わった。最初の頃こそ彦八は、できるだけ敵から照準外しての、あたらんようにしとったげな。けどのう、連れもっていった仲間がの、ようけ撃たれて死んだんじゃ。

一人死に、二人逝き、三人が亡うなるとな、だんだん心が枯れてきて、酷さも悲しさも感じんくなるんじゃ。ひとを撃つんが当たり前、それ突撃じゃ、やれ打ち破れとなあ。どれほど撃ってしもうたことじゃろう。もとより鉄砲名人じゃ。あが照準の向こうには待つひと抱えるものばかり、そいを忘れて撃ったんじゃ。

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