第百三十話:『立岩とがいたろぼうし その壱』

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リラの蕾

 

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どれほど昔のことじゃったか、今はもう定かではないがの。木の國平井の庄、立岩の淵のちっと上に喜三郎という百姓と権八ちゅう牡牛があったげな。喜三郎は働きもんで、いっつも権八と一緒でのう。山の端にお日さんが顔を出す一刻も前から、お日さんが山に隠れて半刻も過ぎる頃まで、牡牛の権八と連れもって、田を起こしたり畠を鋤いたりと、そりゃあ精出して働き通しに働いたんじゃと。

また、喜三郎はあいかけ(鮎の友釣り)が大好きでの、鮎が川に昇ってくる頃になるともう気も漫ろ、仕事の合間をみては、日に何度も何回も、平井川を見下ろす丘の上から川ん中覗き込んでおったげな。澄み切った川ん中のごろた岩の周りではの、苔食む鮎がその美しい魚体をくねらせ、時折、きらり、きらっ、きらっと舞い踊るんが見えとったんじゃと。

喜三郎のあいかけの腕はそりゃあ大したもんで、行く度毎に魚籠に溢れるほども釣ったんじゃと。村の衆はそんな喜三郎のことを少しのやっかみを交えての、「名人喜さぶ」と呼んどったげな。

梅もすっかり膨らんだ水無月庚辰の日じゃ、そん日は朝から雨しとしとで、今日こそ野良の仕事は休み、さあ、あいかけじゃと、菅笠冠って、蓑を着て、腰にはおっきなおっけなにんにこ(握り飯)いっこと梅干し三個、手甲脚絆に草蛙を履いて、喜さぶは朝から立岩に、権八は牛舎で骨休め。

ところがどうじゃろ、もうとっくに昼餉の時間は過ぎとろうに、そん日に限ってどないも釣れん。

「これじゃあがの好物、鮎の肉寿司も喰われんが・・・。こりゃ、えがなあはっちょろけで(とっても)ほうらしない(格好悪い、みっともない)のう」 と名人喜さぶも焦ってきたと。

まさかに友鮎食っちまう訳にもいかず、腹の減るのも我慢して、くろはえに吹かれ雨に打たれ、名人喜さぶも死にがため(死ぬほどの難儀)のわえくちゃじゃ。

雨がちっと小降りとなって、川の向こうの杣道を樵の与作がやってきた。青い顔してあいかけしとる喜さぶを見るなりいろうて(ちょっかいをだす)のう。

「おおうーい、喜さぶやあーい、何しやるんなあ。おまんはがいにおとろしのう。こん雨ん中そがいに欲惚けになっとっと、がいたろぼうしに川へと引きずり込まれるぞい」

「じゃかあしわい、おんしゃ、ほんにべっこうしい(いらんことしい)じゃのう。早よう山へでも行きさらせ」

喜さぶはなんとか言い返したんじゃが、何やら下腹が痛とおなってのう、竿を持ったままつくもり(しゃがむ)かけたその時じゃった。いきのせ(いきなり)竿がゆばった(しなる)んじゃ。えらい力で引くのは到底鮎では無さそうじゃ。喜さぶは何とか踏ん張ろうとしたんじゃが、とうとう立岩の淵に引きずり込まれてしもうたんじゃ。

「喜さぶ、喜さぶ、上がってこんかあ。喜さぶう、きさぶう」

与作は、暫くの間、淵の周りを駆けずり回った。じゃが、喜さぶはもう二度と浮いてはこんかったげな。平井の衆みんなして噂したげな。

「立岩の淵にはがいたろうが棲んどる云うてあがとこの爺が云うとったで。喜さぶもがいたろうに引きずり込まれて、しんのこ(尻子玉)抜かれたんじょ」

「あがの婆も暈ける前はよう云うとったで。雨ん日はがいたろうが悪さするであんまし立岩にゃ近づかんほうがええとな」

喜さぶが淵に浮いたんは三日も経った朝じゃったげな。しんのこ引っこ抜かれておったげな。

喜さぶが亡うなってからというもん、喜さぶの飼っとった牡牛の権八の様子が変になったんじゃと。まえはそりゃあ、ようてったい(手伝い)するおとなし牡牛じゃったんが、喜さぶが死んだ後はの、もう誰ん云うこともきかんくなっての、ひがなあ(日がな一日中)、そこたいのう(そこら中)はしゃるいたり(走り回る)、畑につくもって涎喰うて寝とったげな。里の衆もしやないのう(しようがない)とほらくっといたげな。

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