第百三十一話:『立岩のがいたろうぼうし その弐』

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ヒヤシンス

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ひとの生死の繰り返しはの、まっこと澱みに浮かぶ泡沫(うたかた)じゃあ、かつ消えかつ結びてのう。儚いもんじゃ。

あっという間に喜さぶの四十九日の忌明けの葉月己(つちのと)巳の日となったんじゃ。いごけるもんの殆どが広徳寺に集まって喜さぶの法要じゃ。そん日も喜さぶが死んだ日とおんなじで、朝から雨がしとしと降っとったんじゃと。牡牛の権八の姿はそこらに無かった。

牡牛の権八は、というとな。なんと立岩の淵、喜さぶが釣りをしとったあの場所にあったんじゃと。淵に尻向けての、四つ足をこうてこいち(めいっぱい)に踏ん張って、尻尾の先を川に浸けとったげな。そんときじゃあ、権八の尻尾を何かが力任せに引っ張ったんじゃと。

牡牛の権八はからでかいだけあっての、こっちも負けずに引っ張った。どんくらい引っ張り合ったことか。もう汗しんどろけ(汗まみれ)じゃあ。とうとう最後にゃ、権八が「もおおっー」と一声鳴くなり、何かを尻尾につらくった(吊り下げた)まんま岸へと放り上げたんじゃと。

見ると、かだらじゅうが緑の鱗で被われ、背には青みがかった甲羅、頭のてっぺんには白い皿、手足にゃ水掻き、口は鴉の嘴のように尖っとったげな。そう、権八の尻尾に食いついとったんは「立岩のがいたろう」じゃった。牡牛の権八はがいたろうを尻尾につらくったまんま、広徳寺の境内へと向かったげな。境内に入ってきた権八を見た里の衆はそれこそ蜂の巣突ついたような大騒ぎじゃ。

「おおい、権八の尻尾を見れや。ありゃ、がいたろうじゃないけー。喜さぶの忌明けに権八が仇討ちしたんじゃのう。やにこう(とっても)かたええ(格好良い)のう」

「こん、やから、どがいしちゃろけー。がいにしょね(性根)わりいのう」

「こりゃ、がいたろう、はったかして、しばききって、わえくちゃにしちゃるけ、覚悟せえ」

「村はずれの一本杉に縛りつけ、皿ん水が涸れるまでほらくっといたろけー」

里の衆はもうちんちんばらばらに(てんでばらばらに)好きなようにほたえっとった(叫ぶ)げな。暫くして庄屋が落ち着いた口調で皆に云うたげな。

「まあまあ、皆の衆、ちっと静まらんかい。そないにほたえちゃ喉渇くぞい。今から儂が、がいたろうぼうしに大事なこと訊くよってにのう。じゃかしわい、ちっとは黙らんか。そや、そいでええんじゃ。こりゃ、がいたろうや、おまんが抜いた喜さぶのしんのこ、いってえ、どがいしたんじゃ。正直に答えねば許さんぞ」

「どうか、きやったってえ(許して下さい)。平井川の龍王様がどがいしてん生きのええ尻子玉持ってこおっていうもんで、いやことのう喜さぶさあの尻子玉抜いたんじゃ。きやってくれ、きやってくれえ」

立岩のがいたろうは大泣きに哭きながら謝ったんじゃと。

「左様か。龍王様のお指図てか。そんじゃしやないのう。けど今後はの、真砂(まなご)の砂が三升に減るまでは、あるいは、お大師山の松が三本になるまでは、どがいなことあっても里の衆に悪さ仕掛けちゃあかんぞよ。よう解ったけー」

「よう解ったでえ。真砂の砂が三升に減るまでは、あるいは、お大師山の松が三本になるまでは、どがいなことあっても里の衆に悪さ仕掛けたりせんよってに」

「龍王様にもよう云うとけ。里の衆のお情けで助けてもらったとなあ」

「もう、よう解ったで。今度、流王様に会うたらば、必ず里の衆の情け深いんを褒めときますで」

こうしてがいたろうはまた元の立岩の淵へと戻れたんじゃと。そいからはがいたろうぼうしの悪さものうなっての、里の衆は安心してあいかけがでけたんじゃと。今でも平井の里の衆はの、おなごまでもがあいかけ楽しんどるちゅうこっちゃ。

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