第九十五話:『お春婆ちゃん』

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久しぶりにお春婆ちゃんが診療所にやってきました。元気そうです。房吉爺さんの介護に悪戦苦闘していた頃はもっとよたよたしていたのですがねえ。

お久しゅう御座います。春です。房吉生前中は夫婦共々えらくお世話になりまして、どうも有り難う御座いました。お陰さまで、先日四十九日の法要も無事に終わらせて頂き、ようやっと全てが落ち着いたところです。

それんしても、ひとひとりが死ぬというだけのこっても、ようけやらねばならんことがあるもんですのお。それでもうえの倅が帰ってくる度に、書類書きやら、役場への届けやら、みいんなやってくれましたで、ほんに助かりました。これでわたしも肩の荷い降ろすことができましたんでな。今日は天気もええで、お礼をと思いたち、よちよちやってきたというわけです。ほんとにやれやれでなあ。

もう二年も前のことになりますかのう。儂の心臓が止まりかけたときにゃ、せんせにまあぁーえらい手間とらせたもんでねえ。ヘリコプターで医大へ行けと云われたときにゃ、そりゃあんた、儂もどんだけ辛かったことか。せんせに云っただよなあ。「房吉と二人で死んでもええで、どうかここでせんせが診てくろ」ってなあ。

せんせはのう、あんときこう云っただよなあ。「房吉爺さん残してあんたが先に逝っちまったら、他のみんなが困るで、駄々をこねんと治してこい。これなら治るで頑張ってまた帰って来い」って仰るもんだで。 儂ゃ厭じゃったけど泣く泣くヘリコプターに乗っただ。

でもなあ、いまにして思えば、あんとき医大へいって、命延ばしてもろて、ほんとよかった。房吉を看取ってやるんが儂の最後の努めなんでのう。房吉独り老人ホームへ入れるんもなあ、あんまり可哀想だで。でもなあ、房吉が惚けてからは儂も大変じゃった。よぼよぼでもからはでかいし、風呂入れるんでもひと苦労だったで。便所行くんでも間に合わんしのう、居間でも土間でもどこでもひるで。したの倅は儂らのこと、くさいくさいといいおって、傍へもこんし。

でもなあ、房吉の死に方が一番幸せじゃあ。納戸の布団の中で儂に抱かれて撫でられながら、あんまり苦しむんでものう息止まったで。儂もこれで思い残すことは一つものうなった。もういつ死んでもええから、どんなに病気が悪うなっても、頼むし病院なんかへは送らんといてくろ。この歳じゃもん、もうええで。たのむで、せんせ。

はよお、お迎えが来てくれんかのう。もうなんも楽しみなんてありゃせんで。もう十分に生きた。矢鱈長い人生も考えもんだ。困ったもんだのう。

いやあ、ついついいらんこと喋ってしもた。もう家へ帰りゃにゃのう。誰も待っとりゃせん家じゃがの。まあ、また来るで、あんたも身体気いつけんしよ。

心がしんと静まりました。

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