第百九十七話:『東風吹かば』

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IMG_2953   さてさて、尾籠な話はもう止しとしましょう。3月には珍しく東海地方でも雪が降りましたね。お風邪など召されてはおられませんでしょうか。朝の散歩の途上、至る所で梅の満開を目にするようになりましたね。桜に比べてはるかに地味ではありますが、その芳しい香りは筍の大好きな匂いの一つです。 さて、梅:植物界、被子植物門、双子葉植物綱、バラ目、バラ科、サクラ属、ウメ。学名はPrunus mume、和名はウメ(梅)、英名はJapanese apricot。梅はバラ科サクラ属の落葉高木、またはその果実のこと。花芽はモモと異なり、一節につき1個となるため、モモに比べ、開花時の華やかな印象は薄い。毎年2月から4月に5枚の花弁のある1センチメートルから3センチメートルほどの花を葉に先立って咲かせる。花の色は白、またはピンクから赤。葉は互生で先がとがった卵形で、周囲が鋸歯状。 別名に好文木、春告草、木の花、初名草、香散見草、風待草、匂草など。江戸時代以降、花見といえばもっぱらサクラの花を見ることとされていますが、奈良時代以前は「花」といえば、むしろウメを指すことの方が多かったようです。平安京御所の紫宸殿の前の左近のサクラと右近のタチバナも創建当初は、桜ではなくウメ(承和年中に枯れたため仁明天皇がサクラを植えたのが始まり)であるそうな。そのように、ウメよりサクラがより一般に愛好されはじめるのは、平安時代からのこと。そしてウメは古里(ふるさと=奈良平城京)の静かな美しさと文化的郷愁の花となり、和歌や能に取り上げられてきました。 天文14年(1545年)4月17日に当時の天皇が、京都の賀茂神社に梅を奉納したと『御湯殿上日記』にあることにちなみ、「紀州梅の会」が新暦の6月6日を梅の日に定められた。 また、古来より梅の名所として「梅は岡本、桜は吉野、みかん紀の国、栗丹波」と唄われた岡本梅林(兵庫県神戸市東灘区岡本)は、起源は明確ではありませんが、山本梅崖の『岡本梅林記』に羽柴秀吉の来訪が記されており、寛政10年(1798年)には摂津名所図会に岡本梅林の図が登場するほどの名所であったそうです。 平安時代の碩学菅原道真が梅をこよなく愛したことから、道真およびその神格化である学問の神天神のシンボルとして梅が用いられています。たとえば、江戸時代の禅僧で禅画を多く描いた白隠の代表作の一つ「渡唐天神図」には、「唐衣(からころも)おらで北野の神ぞとは そでに持ちたる梅にても知れ」(意訳:これが天衣無縫の唐衣を着た北野天満宮の神であることを、彼が袖に持っている梅によっても知りなさい)の賛が残されています(古くは『菅神入宋授衣記』にほぼ同様の和歌が記載されています)。 さて、筍も一句。 「あてどなく 東風に拭かれて 彷徨えば 梅花二輪に 歩み止めらる」 筍亭  

2 thoughts on “第百九十七話:『東風吹かば』

  • 上の記事、山本梅岳の『岡本梅林記』に羽柴秀吉の来訪が記されており、寛政10年(1798年)には摂津名所図会・・・
    とありますが、
    山本梅岳ではなく山本梅崖です

    • 誤丁寧にお教え頂きどうも有難うございました。早速修正いたしました。今後とも宜しくご指導ください。

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