第二百二十七話:『人生の最後をどこで』

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いつかの朝日新聞の記事、「あなたは人生の最後をどこで迎えたいですか」との読者アンケートの結果が掲載されていました。以下、その結果を示します。

 

人生の最後について何を重要視したいか(複数回答)

延命治療は受けたくない           69%

痛みや苦痛を無くして欲しい         68%

身の回りの整理をしたい           60%

介護を受けずに短期に死ぬ(ぴんころ)    56%

家族に迷惑をかけない(認知症はいや)    47%

 

自宅で最後を迎えたいか

はい                    50%

いいえ                   50%

 

自宅で最後を迎えるための条件

家族の理解                 69%

在宅医療の充実               56%

お金                    40%

本人の強い意志               40%

 

自宅で最後を迎えたいと答えたひとの理由(複数回答)を訊ねたところ、最後は自分のペースで過ごしたいというひとが全体の約2/3、家族とともに過ごしたいというひとが半分、延命治療など意に添わない医療を受けたくないというひとがやはり半数を占めたようです。

 

これに対して、自宅での最後を望まないひとたちの理由(複数回答)を訊ねたところ、家族に負担をかけたくないという理由が大部分で75%を占め、最後まで病院で診療を受けたいというひとが20%、自宅に思い入れがないという理由が12%、家族がいないからという理由が約8%という内訳となったようです。

 

どこで最後を迎えたいかという問いかけには、病院で最後をが約半数、場所にはこだわらないが1/3、ホスピスが1/4、特養など福祉施設が1/10という内訳でした。

 

さて、あなたは如何お考えでしょうか。延命治療はいらない、痛みや苦痛だけはとって欲しい、ぴんぴんころりがいい、などなど。それぞれに様々なご意見があるでしょうね。

 

それにしても少々驚きました。最近の社会情勢の故でしょうか。家族に迷惑をかけたくないから家で死ぬことを諦めるのだとは。住み慣れた環境で心穏やかに過ごす終末期の価値がもっと見直されるべきだと筍は考えます。

 

医療者も病気が治せぬものと判った時点で、潔く治療を諦め、症状の緩和に専念すべきです。死ぬ直前までとことん抗がん剤治療をやるとか、寝たきり高齢者に最後の最後まで点滴をして、まるで溺れ死んだような最後にするなど、果たして治療と呼ぶべきものなのでしょうか。患者さんの人生にいったい何の益があるというのでしょうか。

 

医療がなんとかしてくれるのではないかなど、しょせん幻想に過ぎないのです。死ぬときは死ぬのです。足掻きとおすなどナンセンスの極みです。その時が来れば、身を清め、周りの皆々に感謝を表し、ただ閑かに微笑んで逝く。これが筍の理想とする終末期の過ごし方です。

 

治療が望めなくなった時点で、「病院医療は選ぶべき選択肢とはなりがたい」、と考えるのは筍だけでしょうか。

 

 

2 thoughts on “第二百二十七話:『人生の最後をどこで』

  • 終末期医療や認知症の問題など、死生観について救われる部分が多々あります。有難うございます。自然の摂理に従いながら宇宙の塵となります‥‥・

    • お久しぶりです。いまでも読んでいただいているのですね。どうも有難うございます。それにしてもあの頃が懐かしいですね。また一度どこかでお会いしたいものです。少しの酒でもあれば最高ですね。

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