第百八十六話:『たった七時間の在宅』

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近隣の訪問看護ステーションのケアマネさんから電話がありました。八十二歳の爺様がS状結腸捻転を起こしているが、心機能が低下しているため、とても手術の適応にはなく、臨死の状態となっている。本人・家族とも自宅での最後を望んでいるが、在宅での看取りを引き受けてくれる医療機関がなく困っているのだと。

 

S状結腸捻転が発症しているとしたら、捻れた結腸は早晩壊死(腐る)に陥り、やがて穿孔し(腸が破れる)、腹膜炎、敗血症、DIC、多臓器不全、そして死へと続きます。時間的な猶予はありません。在宅死への意思がどのくらいしっかりとしているのかを確認したいので、大至急、ご家族に筍クリニックに相談に来るようにと伝えました。

 

早速、その日の夕診の時間にご家族が来られました。聴けば、病院側スタッフはこんな病状の患者さんを動かせる訳はないと難色を示しているのだそうです。担当ナースはここ数日休暇のため不在で、休暇明けに在宅に向けて動くからと言われているのだそうです。いま動かせば命の保証は出来かねるといって、患者・家族の願いを拒絶する医療機関側の理屈っていったい何なのでしょうか。担当ナースの休みが明けるまで保つとでもお考えなのでしょうか。

 

ともあれ早急に受け入れの準備は整えるから、即刻退院の手続きに入って欲しいと病院の地域医療連携室に捩じ込みました。渋々の感じで受け入れてくれました。翌日の午後三時、病院を退院。介護タクシーを利用し、午後四時前には自宅に到着、元気な頃に好まれていたという自宅居間になんとか落ち着かれました。

 

認知症のお婆ちゃんも久しぶりの亭主との対面が嬉しそうでした。爺さんの腹は腸管麻痺で膨隆し、打診をするとまるで鼓のようにポンポンとよく響きます。かなり痛みもあるようですが、ひたすら耐えて居られます。よくて数日の命です。本来であれば経口水分摂取など、腹膜炎患者では禁忌に決まっておりますが、何しろ口の中は乾涸びてカリカリで喋るに喋れる筈もありません。少量ずつ砂糖水を口の中に落としてみると、ちゃんとゴクリと呑み込めました。美味しそうでした。少しずつならいいですよと家族に説明しました。

 

一口水を飲んだら、目線が周囲を彷徨いました。そして、一言云われたのです。

「家に帰ってきた」

認知症の婆さんが答えます。

「良かったなあ、帰って来れて」

枕元に座り込み、じっと爺さんの顔を覗き込んでおられました。穏やかで閑かな時間が流れていました。

 

その日の午後十一時半頃、訪問看護師さんからの電話、呼吸停止したとの報せでした。すぐにご自宅に向かいました。帰ってこられた時と同じように、爺様の枕元には婆様が小さな身体を折り曲げてお座りでした。じっと爺様を見詰めて居られました。

 

型の如く死亡確認をし、両の掌を胸の前で組ませ、その時をもって死亡時刻と致しました。筍が合掌するのを見届けでもしたかのように、認知症の婆様がこう呟かれたのです。

「爺さん、家で死ねてほんとよかったなあ」

ちっちゃなお孫さんも神妙な顔をして爺さんの横に座っていました。

たった七時間程の在宅でした。

 

これ以上、医療が役に立つことがなくなった時点においても、なおご本人とご家族の意向に反対を唱える医療って、いったい何なのでしょうか。いまこんな状態で動かすなんて責任が取れません?何に対して責任を取るとでも言うのでしょうか?病院におりさえすれば救命できるとでもいうのでしょうか?筍には解せぬことばかりです。医療の限界であるならば、入院している必要などないのです。奇跡は起こるものではありません。在宅でゆったりした時間を過ごすことの方が大事です。

 

患者さんとご家族の意向がなによりも最優先されねばなりません。

 

 


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