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「病棟医長として申し上げます。本来なら当大学の外科病棟には末期癌患者さんは入院できないのです。手術を急がねばならないひとたちが沢山待機しておられるのです。関連病院にご紹介するのが常なんです。しかし、小山田さんは診察待ちのときに急変されたので、例外的にここに入院して頂いたのです。このような状態ではもはやどこへも移送できないと考えて、最後までここで治療させて頂こうと思っておりました。しかし、本日、あなた様のお話をお伺いし、ご希望はよく判りました。いまからでも東京の大学病院とやらに転院なさって結構です。是非とも貴方のお力で小山田さんを治してあげて下さい。退院許可証は婦長のほうに手配しておきます。ご家族への転院の説明はあなたにお任せしますので、宜しくお願いします」

筍はこう言い捨てて、主治医共々面談室を出たのです。件の女性はぽかんとした顔をされたまま椅子に座っておいででした。

よく居られるのです、この手のおひとは。滅多に面会にも来られぬのに、たまに来られたときには俄然張り切って何やかやと言い掛かりをおつけになる。そうすることで自分がどれほど心配してるかを家族にアピールなされたいのでしょうね。浅ましいことです。

呆れながらも医局に戻りました。予想通り、すぐに筍の机の電話が鳴り始めました。婦長さんからでした。

「先生、小山田さんの奥様が私のところに相談に来られたんです。泣いておいででした。東京から来られた叔母だとかいうひとは、今しがた随分慌てたご様子でお帰りになられたようです。小山田さんを強制退院させると先生が仰ったとか聞きましたが本当ですか。何か奥様がえらく気になされて、先生に直接お会いしてお詫びしたいと云われておりますが、如何致しましょうか」

「いや、いいんです。ちょっと冗談が過ぎましたかね。叔母だとかいわれる女性があまり訳の解らぬことを言われるものだから、ちょっと脅しただけなんです。小山田さんは勿論そのまま入院を続けてもらいます。あっ、それから奥さんにね、お詫びなどは結構ですから気になされずにしっかりとご主人の横に付いていてあげて、と伝えておいて」

その後、東京のご婦人がどうなされたのか、ご家族との話の中でもそれっきり話題にも昇りませんでした。でもあのような性格ではねえ、先が思い遣られますねえ。ご自身が病気に倒れられた時が心配です。いえ、主治医がです。きっと随分と狼狽えられるのでしょうから。大変でしょうね、周りのみんなも。扱いにくいと思いますよ、きっと。

えっ、小山田さんはその後どうなったですって。いえね、そのまま入院を続けられ、三週間ほどでお亡くなりになられました。閑かな御最後だったと主治医の報告がありました。奥様初めご家族全員に見守られた、いい御最後だったようですよ。

癌で死ぬのも悪くはない。

いろいろな癌患者さんを診させて頂いて、筍はそう実感しています。

だって、癌だと死への準備が出来るもの。勿論、死に場所は家に限るけどね。

病院では駄目だね。

 

如来山内科・外科クリニック

 内覧会 :2月2日(月)午前10時〜午後3時

 診療開始:2月6日(木)午前9時〜

 

  1. 2014年1月21日

    簡単ではないですよね。
    患者様ご本人が真実を知りたいと願っているのに、ご本人にさえ何も伝えず耐え難い、とても耐えられない治療を進める医師も未だにまだおられる。
    本人がもう無理だとわかってるのに、ただ大丈夫で済ます。
    家族も周りも真実を本人に伝えたいと希望しても、それを許してくれない。

    本人も周りの人間も傷つき、裏切られた気持ちで亡くなって行った人、その方を支え続け亡くなったあと、その真実に追い付けず後を追った人。
    まだそんな医療が身近にあります。

    医師を選ぶ眼がなかったでは済まされない。

    理想の医療はいったいどうしたら、いつになったら浸透していくのでしょうか?
    一歩一歩進んで行くしかないのはわかりますが…

    そして、死は至極当然のこと。
    頭では理解できます、当然です。

    でも受け入れたくても受け入れられない気持ちはどうしたら良いのでしょうか?

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