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どれほど昔のことじゃったか、今はもう定かではないがの。

木の國大塔山の麓に、お蔦というたいそうべっぴんな娘があったげな。山奥の、またその山奥の、またまたその山奥のこととて、つれもて遊ぶ友達もおらんじゃった。山の鳥たちの囀りを聴いたり、野に咲く花を摘んだり、川のハヤやウグイを獲ったりして、いつも独りで遊んどったんじゃと。

大きゅうなるにつれてのう、お蔦は益々別嬪になっていったが、両親の手伝いもようしてなあ、そりゃあ気だてのええ娘に育ったと。でもの、ひとつだけ両親が頭痛めることがあったんじゃ。それはの、お蔦は道楽もんだったんじゃ。

釣りが三度の飯より好きでのう、畑仕事の手伝いが終わるもそこそこに釣竿担いで川へ走ったんじゃと。来る日も、来る日も、のう。

「何であげに釣りが好きなんじゃろ。いったい誰に似たんじゃろか」と母親が嘆く程だったげな。

十七になって三月が過ぎようとするある夏の日のことじゃった。その日もまたお蔦は仕事が終わるのももどかしく、右手には粗末な竹の釣竿、左手には魚籠を下げての、川へと急いどったげな。

釣り場はいつも決まっておっての、椎の大木が陰を作るいつもの岩の上に座り、蚯蚓を針に刺して水面へと投げ込む。いつもならすぐに魚が竿先を曲げるんじゃが、その日に限ってちっとも釣れん。仕方なしにお蔦は竿と魚籠を持って、だんだんと川の上手へ遡っていったげな。

さすがのお蔦もこんな上流深くまでは来たこたねえ。もう諦めねばと思いながら曲がりを越えたその時じゃ。見たことも無い大きな深そうな淵があったんじゃと。どれほど深いんか、澄んだ水の奥底は暗ろおて、なあんも見えんかったと。

お蔦は「こないにええ場所ならなんぞ釣れるじゃろ」と急いで竿を出したげな。待つ程も無く魚信、釣れるは、釣れるは。

「こんなこたあ滅多にねえで」とお蔦はもう夢中で釣った。山の端にお日さんが隠れたのも忘れて釣っとったげな。

魚籠の中には大きなウグイやコサメ(あまご)が十六匹、「あと一匹であがの歳とおんなじになるで」とお蔦はこれが最後と竿を振った。するとまた直ぐに浮子が消し込まれたんじゃ。強烈な引きじゃったと。お蔦は淵に引きづり込まれそうになるのを、やっとのことで我慢して、ゆっくりゆっくり獲物を引き寄せてきたんじゃと。

するとどうじゃろ。針に掛かっていたのは魚じゃのうて、それはそれは美しい、

ちょうど両の掌にすっぽり隠れる程の玉だった。玉からは虹のように輝く光が溢れ、淵の周囲の木々までもが明るく照らし出されるほどじゃった。お蔦は大喜びでその玉を懐に入れ家へと帰ったと。

その日以来、お蔦はくる夜も、くる夜も、両親が寝静まるのを待っての、頭からすっぽりと布団を被り、襤褸に包んで床下に隠したあの宝物を取り出すのじゃった。そして朝までうっとりとその玉を眺めておったげな。

どれほど見ても見飽きんその玉のことは、誰にも言わんかった。親にも言わんかったと。お蔦独りの秘密じゃ。毎晩、毎晩、両親が寝静まるのを待っての、頭からすっぽりと布団を被り、あの光り輝く玉を取り出すのじゃった。そして朝までうっとりとその玉を眺めておったげな。

 

 

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