過日、NHKテレビで“腸内細菌叢”の話が放映されていました。実は今、医学の世界では、一大エポックメーキングな事柄が次第に明らかとなりつつあります。そう、それこそがまさに“腸内細菌叢”なのです。まことに時宜を得た番組構成だったと思います。ご覧になられた方もおられることと思います。最近のテレビ番組としては出色の出来栄えでした。最新の医学的知見をわかりやすく解説していて、とても見応えがありましたね。
腸内細菌とわれわれの関係は今まで考えられていたより遥かに密接かつ重要なものであることが次第に明らかとなってきています。例えば、CD(クロストリジウム・ディフィシル)腸炎って聴いたことがあるでしょうか。高齢者が罹ると厄介な病気で、時に死に至ります。院内感染の原因菌としてもよく知られています。このCD腸炎の治療には細菌感染症ですから、当然のこととして抗生物質による治療が選択されます。ですが並の抗生物質ではなかなか駆除できないのです。かなり強力な抗生物質治療が必要となりますが、それでも治癒率はたかだか20%程度です。
ところがです。健康な人のうんこを頂いて、これを患者さんにうんこ移植するのです。なんとその有効率は80%を超えます。しかも多くの患者さんでは移植した翌日から元気になられるのです。その効果たるや、まさに即効的、恐るべしうんこ様なのです。
また、「腸は第二の脳である」、という言葉があります。いえ、腸ー脳相関と言い換えた方が良いかもしれません。腸と脳の関係は従来考えられていたよりも遥かに密接な関わりがあるようです。腸内細菌叢は宿主である我々の思考や行動に大きな影響を与えていることが次第に明らかとなってきております。腸と脳が神経系やホルモン、サイトカインなど共通の情報伝達物質と受容体を介し、双方向的なネットワークを形成していることや脳が関係する腸管刺激因子に対して腸内細菌がその刺激を調整していることが明らかにされつつあります。
例えば、最近増加が著しいうつ病、この原因はセロトニンなど神経伝達物質の不足や腸内細菌の減少が原因と考えている研究者も多いのです。神経伝達物質とは脳内の細胞間の連絡に必要な物質で、百種類以上ありますが、代表として次の3つのアミノ酸が鉄分や葉酸、ビタミンB6の作用により化学変化して作られます。
グルタミンからはGABAが作られ、栄養素として取らなければならない必須アミノ酸であるフェニルアラニンからはドーパミン、そしてトリプトファンからはセロトニンが作られます。それぞれリラックス感ややる気や幸福感をもたらします。これらすべてが脳内で作られているのではなく、そのほとんどは腸で作られ、セロトニンは実に95%が腸内で合成されているのです。
セロトニンは歓喜や快楽を伝え幸せを感じる脳内物質であり、人間の精神活動に大きく関与します。幸せ物質とも言われ、より多くのセロトニンが脳に到達し、幸福感倍増ともなれば、こんな目出度いことはありません。がそうはうまくはいきません。セロトニンは脳血液関門という関所を通ることができず脳内には入れません。また、セロトニンは多ければ多いほど良いというものでもありません。増えすぎれば、過敏性腸症候群を引き起こします。
ですが皆様、セロトニン自体は脳血液関門を通れないのですが、セロトニンの前駆物質は通れるのです。セロトニンは、トリプトファンから5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)に代えられ、これが脳内に送られます。もしも腸内細菌が存在しないと、セロトニンを合成するためのビタミンが不足し、セロトニンなどの脳内物質を作り出すことが出来なくなります。
ストレスについて少し考えてみましょう。適度のストレスであれば、脳の視床下部から下垂体、そして副腎皮質の経路でコルチゾールなどの抗ストレスホルモンが出て、平行が保たれます。しかし、このストレスが大きく長期間続く場合には、副腎が疲労して抗ストレスホルモンが枯渇し、頭痛、不眠、立ちくらみなどの様々な身体症状がでてくるのです。腸内細菌との関連において、最近ではストレスが消化管内でのカテコラミンの分泌を増やし、このカテコラミン受容体を持つ大腸菌が多く増えることで腸内細菌叢(フローラ)が乱れ病原性が増強されるということが明らかになっています。無菌マウスと通常マウスを使った実験では、ストレス負荷によるホルモンの反応が無菌マウスでは強く出て、バランスのとれた腸内細菌がいる方は反応が穏やかなことが証明されています。腸内細菌はなんとストレス反応を抑えることさえできるのです。
以上述べましたように、健全な腸内細菌叢を維持することは、肉体的な健康面だけでなく、精神的な健康面でも非常に重要なのです。4つのRを大事にしましょう。4Rとは、Remove;除去、Replace;補てん、Reinoculate;植菌、Regenerate;再生です。つまり、身体に悪影響を及ぼす可能性のある抗原や物質は除去(抗生物質の乱用などはもってのほか)し、腸内細菌叢に重要な栄養源を補てんし、腸内細菌のバランスが崩れたら有用菌(乳酸菌や酪酸菌など)を消化管に植え、そしてのち、腸内環境を整え消化管粘膜の修復と再生を促すのです。
どうです、皆様、うんこ様の偉大さ、ご理解頂けたでしょうか。
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