添野川から田辺へと向かう将軍山越えの街道は今でも大層峻嶮な山道です。筍はそんなこととは露知らず、紀州には珍しく雪が降った数日後に、たった一度だけこの路を白浜へと向かったことがあります。 峠に差し掛かる山道には残雪多く、前…
帰る道々彦八は何やらぶつぶつ独り言。 「戦はどがいなことあってもしちゃならん。ひとと争ってはならんのじゃ。ひとを恨んじゃならんのじゃ」 務めは無事に果たしたが、戦は何とか終わったが、どっちが勝っても酷いもん。もうこれから…
いまではもうどれほど昔の事じゃったか定かではないがの。 添野川(そいのがわ)の庄に、年老いた母親とひとり息子が住んどったげな。倅の名は彦八、そりゃあ優しゅうて親孝行な男じゃった。花咲く春から錦秋過ぎる頃までは僅かの田…
話し始めて未だ間もないのに、既に当初の心積もりを崩してしまいました。お詫び申し上げます。 「民話の舞台となった現地の現状も併せて報告する」という条件です。 植魚の滝は紀伊半島の最高峰大塔山(1122m)の中腹にあります。…
そのうち魚の頭も腐りはて、せっかく魚を植えた畠もだんだんとくさむいて(草が繁る)きてのう。 「作り方間違うたんやろか。何か悪いとこあったんかいのう」 「こん畠じゃでけんのかいなあ。あん刺身がもいっぺん食べてえもんだのう」…
海のもんなど今まで喰うたこともなかった太郎にはどれもこれもがわえくちゃ旨かったんじゃと。なかでものう、穫れたての魚のお造りの美味いことといったら、顎落ちるんじゃなかろかと心配になるほどじゃったげな。 「おい…
どれほど昔のことじゃったか、今ではもう定かではないがの。 木の國大塔山の中腹辺り、源流近くの滝の脇に二人の男の子を抱えた樵があったげな。樵は二人の男の子の成長だけを唯一の楽しみにしての、毎日、毎日、山仕事にそりゃあ精…
松根部落のある爺さんに「十八淵」を案内して頂きました。集落からさらに4km程も上流に遡った道路脇にその淵は実在しておりました。急な斜面を滑り落ちそうになりながら木々に掴まりながら恐る恐る淵へと向かいます。さ…
どれほどの月日が流れたことじゃろ。山がまるで錦の打ち掛けを羽織ったような紅葉の盛りのある夜更け、お蔦はいつもの如く布団の中、光り輝く玉を両の掌で包み込んで、うっとりとしておったげな。 ところがじゃ、その日に限って玉は光ら…
どれほど昔のことじゃったか、今はもう定かではないがの。 木の國大塔山の麓に、お蔦というたいそうべっぴんな娘があったげな。山奥の、またその山奥の、またまたその山奥のこととて、つれもて遊ぶ友達もおらんじゃった。…