第二十九話:「お母さん大好き、おかあさんありがと 第七章」

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 次の日から在宅医療が始まりました。片桐さんが毎日点滴をしてくれるようになりました。点滴をするようになって父は何も食べなくなりました。麻薬系の鎮痛剤のせいか、何か朦朧としているようです。

「博子、お父さんておかしくないか」

自分がおかしくなっているのが判るのか、こんなことを訊いてきたこともありました。何でそんなこと訊くのって答えたら、父は何か考え込むような気配だった。見ているのがとても辛かった。

 おしっこもだんだんと出にくくなってきて、一生懸命出そうと気張るので辛そうでした。片桐さんが来たときにそのことを話したら、すぐに藪先生に電話してくれました。でも電話を終わってから片桐さんが笑いながら教えてくれました。先生に叱られたそうです。在宅ホスピスをやっているのに、君は病院医療と同じことがしたいのかと。患者さんとその家族が望むならまだしも、尿の管を入れることを嫌がっている患者さんに管を入れたいというのかと。いったい誰のための在宅医療なんだと片桐さんを叱られたそうです。叱られたはずの片桐さんも嬉しそうでした。そうだった、患者さん本位の医療をするんだ、先生には教えられることが多くて嬉しいと仰ってました。何だか片桐さんが羨ましいような気がしました。

 そのうち父のお腹に大きな痼りが目立つようになってきました。ちょうど一番悪かった胃の辺りと下腹部にでこぼこした突起物が2、3個も端から見てもすぐ判るほどになっています。母から相談されて初めて気づいたふりをしましたが、だいぶ前から私にも判っていました。母もそれが癌だと解っているのに、それを認めたくないから私に訊いてきたんだと思います。私に否定して欲しいのです。私も母さんに言って欲しいのです。何云ってんの、あれは全然違うものだよ、大丈夫だよと云って欲しい。父は時々何も言わずにその痼りを撫でています。お父さん、いま何考えてるの、と何度も心の中で思ったけれど、恐くて怖くてとても口には出来ませんでした。

 家に帰ってきた節子姉ちゃんが、私も一緒にお父さんの看病がしたいとお母さんに頼んでいました。でも本当の病名を知らせていない父さんがどう思うでしょうか。妊娠中の大事な身体です。勤めもあるのです。そんな姉ちゃんが家に泊まり込んだりしたら、お父さんが変に思うに違いありません。でもお姉ちゃんの気持ちもよく解ります。母と相談した結果、お父さんには内緒で家から会社に通ってもらうことになりました。

 その頃から父は母ばかりを探すようになりました。私とお母さんで父のお襁褓を替えている時でも、「かあさん大好き、母さんありがと」と母のほうばかり見ています。私はだんだんと腹が立ってきて大声で泣き出してしまいました。私だってこんなに一生懸命やっているのに、お父さんには私がもう誰かも解っていないのかもしれない。もう疲れた。もう厭だ。疲労のピークに達していたのだと思います。父の前で、えんえん、わんわんと声を出して泣いてしまいました。母が父さんに、おかあさん、お母さんばっかり云うから、博子が寂しかってんて。博子にもお礼をいわなと云ったら、父は困ったような顔をしていました。私がとうとう爆発してしまい母はとても辛かっただろうと思います。いまにして思えば、昼も夜も殆ど寝ずの看病をしていた母に私が勝てる筈もないし、元気な頃から「お母さんは?」といつも探してた父だから、それは仕方ないことだと思う。

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