第百五十四話:『慣れねばならず 狎れてはならず』

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「慣れねばならず狎れてはならず」

その昔、先輩外科医から教わった言葉です。立派な外科医になるためには、解剖学によく精通し、手術基本手技の習得に万全を期し、突発的な事態が起こったときでも、常に冷静に対応すべく、日頃から努力を怠るなとよく云われたものです。手術には慣れねばなりません。ですが決して狎れてはいけないのだと諭されました。

何故、今頃になって、こんな言葉を思い出したのでしょうか。山に籠って八年、山を下りて既に四年、開業してもう五ヶ月近い月日が経った今でも、時々、夢の中で手術をしているのです。概して夢の中ではえらく上手いこと手術が進む場合が多いのですが、ときには冷や汗一斗の手術をして、うなされることもあります。昨晩も夢の中で手術をしておりました。膵臓癌の膵頭十二指腸切除術でした。えらく上手くいきました。

だからでしょうか。「慣れねばならず狎れてはならず」、この言葉を思い出したのでしょう。手術室の医師待機室での会話でした。

「なあ、お前の手術、最近、ちと狎れ過ぎとりゃせんか。見ておって何とも危なっかしゅうてな」

初めは、何故こんな批評をされるのか、理解できませんでした。手術は万全だったのです。手術時間もそれなりに短く、術中出血量も平均以下、癌腫と上腸間膜静脈との剥離も至極順調に進行したのです。手術室全体に緊張感漲るような緊迫した場面など絶対になかったのです。

「仰っておられることが私には良く理解できません。もう少し具体的に説明して頂けませんか」

不満げな表情であっただろうと思います。

「やっぱり今のお前には判らんだろうな。確かに最近のお前は手術に良く慣れて、技術的な面でも心境著しい、これは認める。器用だ。けどな、患者の個別性にもっと細心の注意を払うべきだと忠告しておきたいのだ。標準的な手術操作にだけ凝り固まると、そのうちにとんでもないアノマリー(奇形)に遭遇して、とてつもないリスクに出会う恐れがあるんだぞ」

ストンと腑に落ちました。かなりな手術症例経験し、それらにも慣れて、自らの技量にそれなりの自信を持ち始め、知らず鼻が高くなっていたのでしょう。先輩が仰って下すったように、手術に慣れるのではなく狎れていたのでしょう。外科手術にノーマル・スタンダードはないと云っても過言ではありません。ここの症例毎に全てが異なっているのです。脈管(動脈や静脈)や神経の走行や太さは文字通り千差万別、同じものは二つとないのです。例えば、左胃動脈は普通は腹腔動脈から分岐しますが、ときには腹部大動脈から直接分岐していることもありますし、総肝動脈から出ることも、脾動脈からの分岐もあるのです。一本だけが普通ですが、ときには二本の左胃動脈を持つ患者さんもあるのです。全てが悉く異なるのです。平均的な手術を無難にこなせるといって、高を括っていてはならぬのです。

医学は科学として割り切りにくい特殊な学問分野です。個別性、多様性、偶発性に溢れる領域です。何千回と手術書を読んでも、何百例の手術経験を積んでも、時にとてつもない例外的な事実で不幸な結末に帰着することもあり得るのです。初心と謙虚さを忘れず、日々研鑽に励めとの温かい思いやり溢れるご指導でした。

最近、臨床医学に対してあまりに短絡的思考が蔓延している風潮が見られ心配です。何ら刑事責任を問うべきではない不幸な治療結果に対して、学問的素養もない法曹、報道、時に世間も、安易に法的な弾劾を求めすぎる風潮を懸念致します。

 

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