第百九十八話:『再び在宅を考える』

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先日、病院からの紹介で、在宅への移行を希望されておられるご家族と面談致しました。寝たきりで、口から食べることも満足にできず、意思の疎通もなかなか困難で、お尻に床ずれもできている患者さんについての相談でした。今回の入院は、栄養障害のため全身状態が徐々に悪化してきたため、胃瘻を作るという目的での入院だったようです。胃カメラでの胃瘻造設は簡単でした。病院としては目的とする胃瘻の造設は終了したので、「ではそろそろ退院を」ということらしいのです。

 

ご自分の意思が満足に伝えられない患者さんへの胃瘻栄養、筍は大反対です。胃瘻という栄養補給の手段は、嚥下機能が回復して、いずれ経口摂取ができるようになる見込みのある人に限定すべきです。意思の疎通ができず、治すことができぬ病気の患者さんに胃瘻を作って、栄養管理だけを徒らに繰り返す。そのことに何か意味はあるのでしょうか。少なくともそんな状況をご本人は望まれていたのでしょうか。殆どのケースで答えは「ノー」ではないのでしょうか。

 

面白い研究があります。胃瘻を造る側の医師へのアンケートです。

「あなたがもし口から食事を摂れないような病態となったら、あなたは胃瘻を造って貰いますか?」

なんと回答者の医師の9割超が「ノー」という返事でした。日常の医療で胃瘻造設を実施している医師の答えがこれです。自らに望まぬ医療をなぜ患者さんに提供するのでしょうか?筍には解りません。

 

今回のケースのご家族は、今後は施設入所ではなく在宅を希望されておられるというのです。なぜ施設入所ではなく、在宅での治療継続を望まれるのでしょうか。ご家族にはそれぞれ仕事があって、昼間は患者さん独りっきりとなるようです。入院前もそうだったようです。そんな環境のところへ筍が往診にいったところで、いったい何の役に立てるというのでしょうか。寝たきりの現状が改善する見込みはないのです。ただただ生き永らえさせるだけという状況、筍には患者さんの傍にいることだけしかできません。

 

それが患者さんの望みであればまた話は別です。患者さん本人が望まれ喜んでいただけるのなら、筍は喜んで往診するでしょう。治すこともできぬ筍医者が、二週間に一度だけ、それもほんの10分か20分ほど訪ねるだけで、いったい何ほどのことができるのでしょうか。筍に何を期待してのことでしょうか。今回のケースはとても筍の手に負えるものではありません。誠に辛くはあるのですが、往診依頼の件はお断りせざるを得ませんでした。


 

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