第二十一話: 入れ歯がお尻に

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         筍農園:無花果 

 

 数日前の時間外でのこと。ひとりの爺様が待ち合いの椅子にも座らず、なんとなく、そわそわ、うろうろと、落ち着かぬご様子。何となく顔色も青ざめ、時折痛そうに顔を歪めています。

 診察室に招き入れ話を聴いて見ると、二日前から入れ歯を紛失し、今朝方トイレに云ってきばった途端、肛門部に激痛を覚えたとのことです。ベッドに四つん這いにならせ菊の御門を調べると、確かにそれはそこにありました。肛門括約筋直上に真横に鎮座しています。

 部分入れ歯の両サイドの横のフックが直腸粘膜に刺さり、激痛の原因となっているのです。これでは座ることは出来ません。麻酔無しでは取れる筈もなく、サドルブロック麻酔をかけて何とか取り出しました。どうやら前夜に深酒をして、そのまま眠りこけたようです。泥酔状態で無意識のまま呑み込んでしまったようです。

 異物を誤って、あるいは知らずに飲み込んでしまう自己は比較的多いものです。子供であれば、コイン、紙巻たばこ、ボタン型アルカリ電池、小さな玩具など、青壮年層では自殺企図による釘とか針などの先の尖った異物が多く、高齢者では義歯や薬のPTP包装などの誤嚥が問題となります。

 誤嚥された異物は一旦食道を通過さえすれば、そのうちの70%は自然排泄すると云われています。問題は食道に引っかかった場合です。食道壁に穴が穿けば、縦隔炎から敗血症となり、致死率は20%を超えます。子供の手に届く所に物を置かないこと、高齢者の義歯は寝るときには必ず外させることなどに注意したいものです。

 ところが事件はそれだけでは終わらなかったのです。その日の深夜、草木も眠る丑三つ時、電話のベルに飛び起きました。寝ぼけ眼で受話器を取ると、なにやら興奮した爺様の声。

「婆さんが入れ歯がねえと騒いどるんじゃ。呑み込んだに違ぇねえと云うんじゃが。先生、今からカメラで見てやってくれんか」

筍は夜行性の動物ではありません。堅気の人間は夜は寝るもんです。

「喉かどっか痛いんか。何処かに置き忘れたんじゃないのか。慌てることはない。何にしても今日はもう寝て、明日の朝一番に診察においで」

 すると爺さん、

「手遅れで死にゃあせんかのう。死んだら恨むで」

寝ぼけ筍は叫んだのです。

「あんたんとこのあの婆さん、入れ歯のひとつやふたつ喰ったって死ぬもんか。そんな柔じゃねえことくらい、あんたも骨身にこたえて知っとるじゃろが」

 次の朝、爺様と婆様は揃って診療所にやってきました。二人とも元気そうです。朝はよ起きて探し回ったけどどこにもないんだそうな。仕方なしに婆さんのお腹のレントゲンを撮りました。なんもありませんでした。果たしてどこへ云ったのやら。

 入れ歯の誤嚥も流行病なのかねぇ・・・。

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