第百二十九話:『松根の松太郎 後記』

Pocket

リラの蕾

リラの蕾

幾重にも折り重なった南紀の山々に分け入り、彼方の山の頂やこなたの深い谷筋などを眺めるとき、いかにも松根の松太郎が樹々の間からヌッと顔を出してもよさそうな、そんな不思議な何物かの気配を妙に生々しく感じることがあります。

これこそが熊野の神髄、“みくまの”と尊称される所以、古よりの信仰の源、山の精の為せる技なのでしょう。人気の無い奥深い森の中で心を鎮めてみれば、山の豊かな精気が疲れ病んだ心の奥底に密やかにゆったりと流れ込み、やがて癒され伸びやかなる心が復活します。八百万の神の力です。

「“そがいに悪いことばっかしちょると松太郎がやってきて喰われちまうぞ”って、子供の頃よう親に云われたもんじゃ。ちっこいもんには松太郎がおとろしての、つい遊びに夢中になって暗うなるのを忘れておってのう、そんな折にゃみんな震えて暗うなった山道を走ってけえったもんじゃ。松太郎がでるぞお、松太郎に攫われるぞおってなあ。足ん遅いやちゃ、置いとかれるのがおとろして、泣きながら走っちょったよ」

松根の庄二郎の爺さんが笑いながら筍に話してくれました。“松根の松太郎”はただこれだけの話から筍がこねくり出した作り話です。ですから正確には民話と呼ぶには不適切なものです。まあ,心広き読者の皆さんにはご寛容を乞うとして、平にご容赦、ご容赦。

紀伊半島南部は年間降水量が4,000ミリを超え、ブナや椎、樫などの豊かな照葉樹林が広がります。大塔山はその最高峰で標高1,122メートル、となりの法師山(1,120メートル)と緩やかな山塊を形成しております。

この物語の舞台となった松根部落はその大塔山の南側山麓に位置する山間の集落です。今では過疎と高齢化が極限にまで進んだ寂しいところです。

「山津見なくば綿津見無く、綿津見なくば山津見なし」 この地を荒廃させることは瑞穂の國の衰退を意味します。

熊野は日本の“まほら“です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Scroll Up
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。