当時、私には前後六回にも及ぶ手術を繰り返し受けて頂いた大腸・直腸癌患者さんが居られました。主治医となって既に十年近い付き合いの患者さんでした。肝再発を繰り返して居られました。その方が私に云われたのです。「家で死なせてくれないか」と。これが私を在宅医療に向かわせるきっかけとなりました。急遽、看護士さん、薬剤師さん、栄養士さんなど有志に呼び掛けて、在宅医療サポートチームを立ち上げました。在宅医療では患者さんから教えられてばかりでした。ひとはどう生きるべきか。ひとはどう医療と向き合えばいいのか。理想の死に様とはいったいどんなものなのか。われわれ医療者は、死に直面して苦しみ悩む患者さんとその家族に、果たしてどう向き合えばいいのか。先達としての患者さんは、われわれ未熟な医療者にとって素晴らしき教導役を演じて頂きました。全ての在宅患者さんがそうでした。有り難かったです。チームの皆が例外なく成長しているとの実感を感じつつの実践でした。色々な事態に直面し、悩み、苦しみ、悲しみ、喜ぶうちに、在宅医療サポートチームも次第に様になってきました。当時は全てボランティアでした。
在宅末期癌患者三十数例を重ねた頃、「毎日ライフ」という雑誌の取材を受けました。掲載された記事のタイトルが「いま死が見えてきたー在宅末期癌医療の軌跡」でした。このことに勇気づけられ、在宅医療部を創設してほしいと、当時の理事長・学長・病院長に幾度となく直訴を繰り返しました。ですがついに理解は得られませんでした。在宅医療は医師会の先生方に任せておくべきもの、大学が手を出すほどのものではない、との思い込みだったようです。死についての学問を体系づけること、死に至る方々の病態の解明、末期癌患者に対する先進的ケアの研究ーよりよい疼痛管理や栄養管理の開発などなど、学問的にもまだまだ在宅医療は未知の領域が多いのです。大学こそがなすべき学問だと当時の私は考えておりました。今でもそう思っております。
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