第百九十話:『なんとまあ早いこと!』

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あっと言う間にもう一年の二十四分の一が終わってしまったのですね。このぶんでは、うっ、はっ、くっ、と唸っている間に、すぐ年末ということになるのでしょうね。年々歳々、月日の流れるのが早くなります。

先の成人式の連休に、以前、勤務しておりました、和歌山県東牟婁郡古座川町を五年ぶりに訪ねました。この五年のうちに多くの患者さんたちが亡くなられて居ました。でも、なかなかしぶとい、死に損ないの爺さん・婆さん達が大変な歓待をしてくれました。

筍夫婦の到着を待ちかねたお年寄りどもが、まだか、まだか、今何処だ、何をしてるのじゃ、とそれこそ矢つぎばやの催促、督促、また催促。山道に悪戦苦闘しながら、ようようにしてたどり着いてみれば、なんと既に三十五名を超える爺婆達がお集まりになっておられた。どの顔も皆懐かしい皺くちゃだらけのかお、顔、貌。涙を流してくれる爺婆達も大勢いてくださり、皺の間に溜まった涙で呼吸困難になる爺婆もいて、大騒ぎとなりました。

歓迎の言葉を受け、乾杯をして、ひとしきりご馳走を食べた後は、いよいよ筍の挨拶。

「よう生きとってくれたもんじゃ。お礼を申します。懐かしいねえ。五年分の歳月は確かに流れ、お互いその分だけ年とったけど、生きてりゃこその今日の再会。今宵は遠慮のう、呑み、語り、笑いましょう」とまあこんなことを挨拶しましたっけ。

おひとり、お一人が、皆、筍に酒を注ぎに来られるもんだから、四人目以降は誰と話したか、よう覚えとりゃせん。でもねえ、美味しい酒でしたなあ。まったく楽しい宴会でした。筍のような薮にもなれん筍医者が、お集まりの皆様から寄せられたあれほどのご厚意。あの方たちみんなが、筍の大事な、大事な宝物です。

夜中一時過ぎまで呑んだ翌日、アルコールの靄がかかった重い頭にも拘らず、身体が弱り果て、あるいは、足が萎えたため、宴会に参加したくとも果たせなかった爺婆達への往診に丸一日を費やしました。昔と変わらぬ山中の景色の中を、山の神とともにドライブ。

玄関で声をかけても応答がない。でもテレビは唸ってる。そんな家が大半でしたが、勝手知ったる他人の我が家、ずかずか入り込んで襖を開けると、こたつに潜り込んだ爺や婆。皆が皆、数瞬きょとん、そして「せんせ?」、「ほんとにせんせっ?」。

筍がどうだい元気かい?と声をかける間も無く、目脂の溜まった両眼から滂沱の涙。そして両手を差し伸ばし、筍の手を握りしめる。懐かしかったねえ。嬉しかったねえ。よう生きとってくれたもんじゃ。会えて良かったよう。ひがないちんち、こんなことをしておりました。

今にも死にそうな爺婆達からエネルギーをもらってりゃ、世話ないけれど、確かに筍は元気になって帰って参りました。これでますます診療にも身が入るっちゅうもんじゃね。

感謝。

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